サラマンダーの棲処




焼かれる、と感じた瞬間目を瞑ったのは決して怖くなったからじゃない。
俺は溺れたみたいに酸素を必死に取り込んでいるのだが、吸い込んでも吸い込んでもちっとも楽になりゃしない。
この際酸素じゃなくたって構わない。何か肺を満たして心臓を納めてくれるものならなんでも良い。
とにかく俺を助けてくれ。

「っは、・・・あ、うっ、は・・・っ」

暑すぎて言葉も出てこない。意味のない音ばかりが俺の喉から少ない酸素と共に溢れ出る。
クーラーから吹き出る凍て付く程の冷気は一体どこへ行ったんだ。
全身を湿らす鬱陶しい汗すら蒸発するんじゃないかと錯覚するほどの熱が、内側と外側から炙ってくる。
熱い熱い熱い。

「っだいじょうぶ、ですか?」
「・・・あっつ、い・・・っつうの・・・!」

俺が死に物狂いで伝えた抗議に、目の前の無駄にさわやかな顔が「それは僕も同じですよ」とか何とか言って笑う。
馬鹿野郎、だったら今すぐ止めりゃいいだろ。

「、・・・良いんですかっ?やめてしまって」

良いに決まってる、と言いたかったのだが、どうやら熱に脳が溶けだしたらしく酷く甲高い悲鳴みたいな声が出た。
誰の声だ、くそ。蝉の大合唱をコンサートホールで聴いていたほうが数百倍マシな気色悪さだ。

内臓が押し込まれ、引き摺り出される。熱さのせいも相まって思考が纏まらない。
目の前に陽炎が揺らぐ。揺らいだ空気の壁の向こうでやはり古泉も揺らいでいる。
古泉の肩を掴んだ俺の手が、ぐにゃぐにゃ歪みながらゆっくりと同化していく。ああ、熱い。

「泣かないで、くださいよ・・・」
「っ、泣いて・・・ねえ、・・・よ」

ただ目の前が歪んで鬱陶しいだけだ。
話し掛けてきた癖に行為は一向にやめる気配のなかった古泉が、奥に押し込んだまま腰の動きを止めた。密着した状態のまま覆い被さるように顔を近づけてくる。ゆらゆらとまだ視界が定まらない。
目尻の辺りにひんやりとした感触がやってきて、俺の全神経が冷たさに縋るように集中した。
急に右目の歪みが直って、なんだ俺本当に泣いていたのかと妙に気恥ずかしくなった。

「平気、ですか?」
「とりあえず陽炎が発生するほどの暑さじゃなかった事は分かった」
「また貴方は意味の分からないことを」

ぼんやり答えた俺に、古泉が冷えた唇で笑った。
いや、もしかすると冷たいと思ったのも錯覚だったのかもしれん。
って、俺は何をそんなに古泉の唇ばっかりガン見してんだ。我ながら引くね。

とにかく目を逸らそうと視線を移動させたら、フローリングの上にクーラーのリモコンと思しきものが落ちていた。
まさかと思い、俺は本体を探して目を凝らす。・・・っげ!切れてんじゃねえか!!
そりゃ暑い訳だ。湿気の多い日本の夏にクーラーも扇風機も付けないなんてありえん。俺はそこまでエコロジーな人間じゃない。古泉も俺の視線を辿ってその事実に気が付いたらしく、それで暑かったんですねとか分かりきったことを言いやがった。

俺はこの赤道直下な空間を打破しようと、恐らくごちゃごちゃやってる間に滑り落ちたリモコンにぐっと腕を伸ばす。
指先が触れるが、掴めない。ええい、忌々しい。
俺の様子を見かねた古泉があっさり手を伸ばし、リモコンを掴んだ。思い切り睨み付けてやったのは、お前が俺に覆い被さっていたのが重かったからであって別に腕の長さがお前の方が長いのかもしれないとか思ったからではないぞ断じて!

「部屋の温度が落ち着くまでこのままでいましょうか」
「まだヤル気かお前・・・」
「まだ、ってこの状況でやめるのは拷問なのですが・・・」

俺には繋がったまま(この表現は精神衛生上あまり宜しくないな)でいる事の方が拷問だ。
そう吐き捨てたら、古泉が軽く目を細めて体内に埋め込んだものを引き抜き始めた。
なんだ、妙に聞き分けがいいじゃないかこういう日もあるんだなーとか一瞬俺は思ったが、焦れったい程にゆっくりと内壁を引き連れながら動いていくそれが、明らかに意図を持っているのは悲しいかな、すぐに分かった。
じわりとした、直接的だがどちらかと言えば控えめな刺激と、古泉のモノの形を逐一確かめながら辿るような精神的な刺激に俺の内股が震える。

「く、・・・ぅ」

抜け切ってしまうギリギリまで腰を引いて、それからまた苛々するほどのスローペースで押し込んでいく。
もっとはっきりとした刺激が欲しくて揺れそうになる俺の腰は、あっさりと古泉によって押さえられた。下がり始めていた体温がじりじりとまた上がっていく。・・・畜生。

「わ、分かった・・・っ分かったから・・・!」

半ば叫ぶみたいに了承してやると、目の前のニヤケ面がさらに緩んだ。へらり、とした「幸せです」オーラを撒き散らす古泉を見たらなんかもうどうでもいいかと言う気になる。一種の諦めかね。
古泉の長めの前髪がクーラーから吐き出される風でふわりと揺れた。やっと冷房が効いてきたらしい。

熱中症になったら責任取れよと俺は古泉の首裏に腕を回す。
勿論つきっきりで看病させていただきますよ、ってそういう意味じゃねえよ。


あーあ。夏真っ只中に一体何やってるんだかな、俺たちは。



fin.




夏場のアホップル。
どうでもいいですけど、汗掻いてるのに冷房ガンガン効かせたら風邪引きますよね。

(07/06/16)