破裂する僕の星




落ちていく太陽の断末魔のような光が薄い瞼を貫いて眼球を焼く。
ちかちかと爆ぜる視界がいくら瞬きをしても拭えず、酷く鬱陶しい。
ちら、と右側に視線をやると、彼もやはり眉間に深い皺を刻んだまま進行方向を睨み付けていた。
下校時の貴重な時間に無言はないだろうと、僕は当たり障りのない、しかし発展のなさそうな内容で話し掛ける。

「眩しいですね」
「あ?」

単に聞き取れなかったのか、自分に話し掛けられたのが不快だったのか。
予想していたよりも低い声にコンマ1秒戸惑った。

「いえ、夕日が眩しいなと思いまして」
「あー、そうだな」

あまり関心のなさそうな(と言っても彼は大体いつもそうなのだが)返事に笑みを貼り付けたままほんの少し眉を下げる。
彼の表情がほんの少し変化したように思えたが、光の強さに掌で目元に影を作ったぐらいでは確認する事が出来なかった。
惜しい。

「ひゃあ!」

裏返った悲鳴に顔を正面に戻せば、案の定朝比奈みくるが真っ赤な顔でわたわたと慌てていた。
自分たちの数メートル先で朝比奈みくるとじゃれついている涼宮ハルヒは、この殺人的とも思える光の洪水の中でも輝かんばかりの笑顔だ。
神である彼女にとっては地球上の自然現象全ては己のエネルギーであるとでもいうのか。機嫌の良さからみて今日は閉鎖空間に赴く必要性はなさそうだ。

「よかったな」
「はい?」

前触れのない呟きが自分に対するものかどうか判断しかねて、横を見遣る。タイミング良く、雲の陰に太陽が隠れていたというのに光の名残で視界が黒い。

「あの様子だと閉鎖空間とやらは出ないだろ」
「そ、そうですね。ええと、はい」

なんだ?一体何がどうして彼がそんな言葉を発しているのか。
彼のさり気ない一言を強欲な妄想が裏の裏まで探って、期待させる。ほんの少しなりとも自分の心配をしてくれていると、そう思っても良いのだろうか。
心臓が激しく動きすぎて皮膚を押し破ってしまいそうだ。

「・・・なんだ。その顔は」
「すみません、まさか心配してくださるとは思っていなくて」

余程呆けた顔をしていたのか、彼は夕日に目を細めていたときよりも険しい顔をしていた。

「あのなあ。毎日自分の目の前やら真横やらで溜息吐かれて見ろ。鬱陶しいったらねえよ」
「・・・・」
「だからよっぽど疲れてんだろうと思ってな。良かったじゃねえか、今日はぐっすり寝れるぞ」
「・・・・あ、はい。ご心配おかけしました」

違うんです。疲れているわけではないんです。

そう言ったなら、きっと彼はその理由を尋ねてくれるだろう。
そうしたら自分は「貴方の事を考えていて」と答えればいい。
簡単なことだ。

けれどそんなことが出来るはずもない。僕は舌の上に乗りかかった言葉を押さえ込んで飲み込んだ。

(もしもくちにしたらきにかけてくれるんだろうか)

「・・・・・・僕ばかりが苦しい」
「?なんか言ったか?」

いいえ、なにも。
言葉にしたのは聞いて欲しいと言う勝手な欲望の表れだというのに、僕は否定して誤魔化すことしか出来ない。
必要以上の接触は禁止されているのだ。そんな権利はない。どうせ伝えたところで叶わない。彼には涼宮ハルヒがいる。友人にさえ程遠い自分に期待出来る事など存在しない。彼が自分を選ぶだなんてあり得ない。

どこまでも自分を可哀想な人間に仕立て上げて、それを愚かだと嘲笑することで精神の安定を図る。

(ぼくはもしかしたらあなたにどうじょうしてほしいとおもっているのかもしれない)

僕は世界に霧散する塵のひとつに過ぎない。
超能力と呼べる能力も神からランダムに与えられただけで、それは何の「特別」の証明にもならない。
彼のような平凡のようでしかし代わりのいない「特別」な存在に好いてもらえる理由が見当たらない。
神から一番大切なものを奪う力も、ない。

(かみさまがいなくたってけっきょくいえやしないくせに)

心臓が、皮膚を食い破りそうだ。
言えない言葉と隠した欲望と手を伸ばせない臆病さで、僕が破裂する日も近そうだ。



fin.




鬱陶しいほどネガティブな彼が好きです。
(07/06/15)