移動祝祭日

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地球はまわるよ





緑もしろく映る凍てつく気温はフロントガラスを曇らせて、リチャードは目を眇めてハンドルを握りなおした。日付をとうにまたいだ今、母親のいる自宅に戻ることはかなわず半年前に買った小さな家に向かっているのだ。
対向車もいない町のはずれだ。リチャードは申し訳ていどに点いている街灯が誘導するアイボリーの壁が浮いた家にすべりこんだ。
「ん?」
違和感は半分休みかけている頭にもすぐわかった。なにしろ眠るだけの家だから、窓にはカーテンもかかっていない。その無防備な窓からこうこうと灯りがこぼれているのだ。
「泥棒か? 残念ながら無駄足だけどね」
リチャードは携帯電話を手に取り、車から出た。泥棒が出て行くまで車で待つには外は寒すぎた。
「はい、どうしましたか」
感心な警察だ。
「こんばんは。一人暮らしの者だが、家に電気が点いてるんだ」
「家の中を、外から確認することはできますか?」
やんわりとつけっぱなしで出かけたのでは? と示唆されるが、出かけるのはいつも朝や昼だから可能性は低いといえる。「できるね」
リチャードは映画で観た刑事よろしく壁にはりついた。長身の黒人の俳優のスマートな仕草は緊張をより高める。しかし防寒第一のラムのコートも悲鳴をあげそうな壁の冷たさに、リチャードは温度差に曇った窓のなかへと目を凝らす。
「いかがです?」
黙り込んだ相手に電話口の向こうが様子を伺う。リチャードは寒さに固まった手に携帯電話があることを今更のように気がついた。
「泥棒じゃなくてサンタクロースだったみたいだ」
「それは、見間違えることもあるでしょうね」
シーユー、と電話は返事を待たずに切られた。リチャードはキーケースの鍵を必死で拾い、玄関の戸を開けた。
殺風景な玄関だが、奥のリビングに点いた灯りは幻ではなかった。リチャードは子供のように靴の内側を擦り合わせて脱ぎ、冷えた床を大股で過ぎる。
「タツミ!!」
「なによ、この家」
ありあわせのカーペットとひとり掛けのソファ、オイルヒーターひとつのリビングに達海が脚を組み、ひじかけに腕を沿わせてリチャードを見上げる。
「よくきたな、ママに鍵をもらったのか?」
「……」
「寒いなら車からブランケットを持ってきてやるぞ」
リチャードは言いながら脱いだコートをまた羽織る。この家で服を脱ぐときは寝るときだけなのだ。ふん、とリビングの入り口の壁にもたれて達海を眺める。
「契約の話か? お前が三年というところを二年にしろっていうのがまだ気に入らないのか。自分の金の話はどうでもいいくせに、チームに残す金なら目の色を変えやがって。普通代理人はチームと交渉するのに俺はお前を先に説得しなけりゃならないってどれだけだよ」
達海はよく回るリチャードのくせのない英語を聞きながら、そう、この男は目をつぶっていれば良い声のまったくいなたさのない男なのだ、言っていることも九割は正しいしね、なんて思う。