愛とよっぱらいの夜

「で? 顔見たけど。どうする?」
 達海は椿の顔を覗きこんで口を尖らせる。椿はうわ、と腰が引けそうになるがこらえた。
「……でも監督、すごい飲んでる……」
「におう?」
 かー、っと達海は大きな口をあけて息を吐く。椿はそのアルコールくささに顔をそむけるどころか、月明かりの陰影で見えそうで見えない達海の歯や粘膜のぬめりにつばを飲んだ。
「……寝てないし、すごく疲れてるでしょ」
「うん。歳だもん」
 達海はベッドのへりに椿を押しやって、脚の間に立てひざでおさまる。すると椿の頭を抱えるかたちになり、あれえ、と達海は声に出た。
「キスしようと思ったのに」
 抱えられた椿は全身から発するアルコールとおなじ甘ったるさに観念していた。そもそも、顔を見ただけで帰れるほど達海のことを知らないわけではないのだ。
「……かんとく、ゆっくりこっちにもたれて下さい」
 椿は達海の腰に腕を回し、横へ向け、脚も横へ流して自分の脚に達海を座らせようとするが、あ、それだめ、と達海は床へ腰を落とした。
 すると背の高さがそう変わらないふたりは、お望みどおりたがいの顔が近くなるのだ。
「うん、こうしたかったんだ」
 達海は口角を上げて、椿にいいこいいこ、というように小さなキスをくり返した。椿は酔った達海を見るのは初めてだったが、触れた手のひらが感じる体温とにおいは欲情しているときのそれとおなじで、困ったな、と思う。
「かんとく」
 ちゅ、ちゅ、と音をたてて達海は椿の顔中に唇を落とす。そのたびに椿の達海に回した腕はぎゅ、ぎゅ、と詰まって、もはや感じられるものは体温ばかりではなくなってきた。
 椿は達海の腰と肩を押さえ、達海を遊ばせまいと密着をきつくした。達海はそれでも十分気持ちよいのか、まだ椿の耳や頬に自分の顔をあやすように擦りつける。
「もー……」
 椿は横を向いて達海の顔を見る。きつい眦は酔いのせいか赤くゆるんで、椿が少し知っている達海の乱れたときに見せるさまに似ている。
 椿は達海の唇を捕まえた。自分とそう変わらない大きさの薄い唇は、くり返したキスのせいかうるんでおり、すぐに椿の侵入をゆるした。