Baby,It's you









「でもおまえ、椿ったら俺の息子でもおかしくないんだぞ?」
「……なめんな後藤のくせに」
達海は声を低くして応じる。独身のくせに調子にのんじゃねえ。
「そんでさあ、告白とかウソだから、それ。ジーノの奴が俺が椿ばっか見てる、恋してるんだなって言うから、そうかもっつっただけ」
後藤は達海の言葉を咀嚼してん、んー、と腕を組む。
「ずいぶんそれは厄介なように感じるんだが……俺の妄想か?」
自覚がないなんてずいぶんと深刻。それがどんな種類の好悪でも。
「そうかなー、むしろこんなの、自覚したらオシマイなんじゃね?」
達海は相変わらず他人事のように言う。色恋沙汰が自分の身に迫ってこないのは経験値の差で仕方ない。
「どうなんだろうなあ。とにかく外には気をつけてくれよ。あ、もちろん内部でも」
これ以上刺激を与えるのは遠慮して欲しい、まじで。
「あい」
達海だってフットボール以外のことに気を取られるのは本意ではないので、そこは素直に返事を返した。
ふたたびメシは? と尋ねると今日は残業だとあっさり後藤は部屋を出た。ふーん、と達海が重い腰を上げようとすると外からもう聞き慣れた自転車の音がした。
あ、きた。
コンビニのついでに様子を見ていこうかと達海は小銭をポケットに入れてドアノブを握るが、それがどうしても回らない。
あんだよ。ハラ減ってんのに。
じっと手元を見ると、ちいさく震えているのがわかる。なに、これ。
冴えた耳は椿のスパイクの音を拾い、もうどういうふうにグラウンドに入ってゆくのかまで見たことがあるように再現できる。
何度も耳を澄ませた芝を噛んでゆくスパイクの音がだんだんと達海の鼓動に重なってゆく。じんわりと感じる冷えは汗の気化熱だ。達海は手で口を覆い、自分の顔が熱を持っていることに気付いた。
ふうう、と長めに息を吐いて軽く吸い込むと手の震えは少しおさまった。なに、これ。
「たしかに厄介な感じだな」
目を閉じればさらに感覚は冴えて、窓の外の姿ばかりを追ってしまう。いっそ外に出ようにも、こんな姿でなにを言おうものか。しかも脚は動かないという。
ちぇ、と達海は声に出してやつあたりのようにベッドに飛び込んだ。パーカを着たまま布団をかぶり、その身を隠すように潜りこむ。わけわかんねえよ。
他人と今までフットボールでしか繋がってこなかった幼さが露呈して、達海は自分がどんな顔をしていいかわからなくなっていた。