俺が帰ってきたら、泡だらけだった訳だ。
もっと詳しく言えば、チャイム鳴らしまくっても出てこないから、鍵を使ってドアを開けて、ちび助の名前を呼びながら、部屋に入った。
どこにも姿は見えないが、物音だけは聞こえていて、それが風呂場だった。なんだ、もう風呂入ってるのか、そう思って、ドアを開けたら、ちび助が泡だらけでこっちを向いた。
「鳴海、おかえり。出られなくて、ごめん」
俺は黙って風呂場のドアを閉め、服を脱いだ。洗濯機に、上から下まで全部、ぶちこんで、素っ裸で風呂に入る。
ちび助が、またこっちを向く。
「なる……」
言葉が途切れた。ちび助の視線が、俺の股間に落ちる。まだ、万全の状態じゃない。準備段階ってやつだ。
「な、なんで、そんな風になってるの」
「お前が裸だからだよ」
俺にしては素直な返事を返したというのに、ちび助は、妙な顔になっただけだ。バカにするような、ちょっと拗ねたみたいな、そのくせ大人っぽい、変な表情。
「見慣れてるくせに」
「そうだな」
一緒に暮らし始めて、半年。相手の裸は、それほど目新しくなくなってきている。着替えの時も、相手の視線は気にせずに、脱ぎ着する。ちび助はともかく、俺は素っ裸でうろつくこともあるし――見苦しいと怒られるが気にしない――ちび助だって下着姿や裸を見られて、騒いだりもしない。
男同士なんだから、当たり前の事だと言われれば、そうだろうが、惚れたはれたの感情が混じり、その上、俺たちが恋人同士となると、途端にややこしくなる。見慣れていても、急に眩しく見えるときだってある。平たく言えば、俺は欲情したのだ。白い泡まみれの風祭に。
俺は自分に素直になったまま、ちび助の体を抱き寄せた。
「わっ、鳴海……」
ぬるぬるしてて、掴みにくい。じたばたする体を引き寄せて、上から見下ろす。おーお、怒ってる。こわい、こわい。
「離してよ」
「お前、俺がこの状態で離すって思ってるのか?」
腰をすりつけてやる。泡まみれの体に触れて、ぬるっと先が滑る。ちび助の耳たぶが赤くなった。
「鳴海」
「なんだよ」
手を回して、腰から下へ降ろしていく。女みたいに柔らかくないけど、引き締まった尻を包んだ。ここもすべる。この泡、見かけはそそるものがあるが、触るとなると邪魔かもしれない。
「するの?」
目がまたたいて、熱っぽい光が浮かんだ。二人でいると、欲情したとき、相手にうつるときがあるんだよな。これはいけるかもしれない。
「やりたい」
「ここで?」
「ああ」
「ゴムないよ」
そうきましたか。確かにコンドームがないと、ちび助は色々と後が大変だしな。
「外で出すってのは、どうだ」
駄目か。駄目だろうな。このまま、二人でバスタイムか。冷たいシャワー浴びなきゃ、治まらないだろうし、ちび助の裸が目に毒だ。いったん、上がって、トイレにでも行くか。
「……」
風祭の唇がむにょっと動いた。何か言いたげだ。
「どうした」
「……あとで僕が洗うから、いいよ」
思わず、真面目な顔でちび助を見てしまった。すげえなあ。タコだって、こんなに赤くなれねえよなあ。――要するに、可愛いと、見惚れただけなんだ、俺は。
俺が、じっと見てるものだから、ちび助が、恥ずかしそうに目を伏せた。ばあか。お前、今更、恥ずかしがって、どうするんだよ。俺だって、嬉しくなるだろ。
まずいと分かっても、にやけた笑みが浮かんでしまう。
「へえ」
「いやなら、いい」
「とんでもない。喜んで中で出させて頂きます。もちろん、俺が後で丁寧に洗ってさしあげます」
――こいつ、今、本気で殴ってきた。拳だぜ。今から、仲良くなる恋人同士だってのに、相手を、ぐーで殴るか。ちび助の拳を受けた手が、じんじんしびれていた。ひよっことはいえ、プロ選手、蹴りでないだけありがたく思っておこう。
「お前が先に言ったんだろうが。洗うからいいって」
「鳴海はデリカシーがない!」
「お前に言われたくないなあ」
手を伸ばして、ちび助のに触る。まあ、ここは、ちびじゃないな。それなりに、御成長あそばされている。正直なのは、相変わらずだけど。
「ほら、ここデリカシーがない」
「鳴海が言いたいのは、節操がないってことだと思う」
握られて、堅くなりだしたのに、言うのがそれか。
「似てるだろ」
「似てないよ。意味も違う」
分かった。分かったよ。俺の勘違いだ。訂正します。だから、いつもみたいに気持ちよさそうな、腰にくる色っぽい顔を見せて下さい。
「お前のここ節操がない……これでいいだろ」
「鳴海の方が」
ちび助が手を伸ばしてきた。確かに、俺のは節操がなかった。ちび助に触れられた途端に、あからさまな反応を示したのだ。
ちび助が笑った。上目遣いの、ちょっと悪戯っぽい目。あーあ、やられた。こんな目、俺以外に見せるなよ。
唇を重ねた。目を閉じて、手は動かしながら、ちび助の舌を探す。すぐに見つかった舌が俺の舌に絡みついてくる。風祭の泡だらけの手が上がって、俺の背中に回った。
キスだけで、本当にやばくなった。ちび助のも、俺の腿に当たってる。
もう一度、手を尻の方に回す。ちび助の肩がちょっとすくむ。俺の指を迎え入れるために、足を開いてくれた。
唾液で指を濡らして、差し込んだ。ちび助が一瞬体を強張らせて、体の力を抜いた。
「前は、いつしたっけ?」
「……十日くらい前」
まだ苦しそうじゃない。もうちょっと、焦らさせてくれ。俺も我慢してるから、お互い様だよな。
「ああ。酒飲んだ後な」
「鳴海」
「お前、酔っぱらうと、結構――」
ちび助が俺の脇腹をつついた。
「言うと思った。鳴海、たんじゅ……あっ」
得意そうな声と顔が、一転して、切なそうなものに変わった。眉を寄せて、唇を噛んで、俺の好きな顔になる。
「俺が何だって?」
指を入れて、見つけ出した場所をいじりまくる。ちび助、ここ、好きだもんな。触られて、擦られて、それで一番、感じるところだ。足に当たるちび助のが、もっと元気になった。ぬめぬめしているのは、泡だけのせいじゃない。
「やらしいなあ。ここ」
耳にキスしながら、言った。
「鳴海が……触るから」
俺のせいか。そうだな、俺のせいだな。指を中でぐにぐに曲げて、言ってみた。
「じゃあ、触らなくていいのか?」
ちび助が俺の足を踏んだ後、握ってきた。思わず、声が出る。
「おい、止めろよ」
「いやだ」
ちび助の奴、おもちゃみたいにいじりやがって。うわ、止めろ。その手は卑怯だぞ。ベッドだったらひっくり返して、おたがいのを銜えられる状態に持ち込むんだが、ここじゃ無理だ。泡がちび助の体にある分、滑って、つかまえにくい。
負けずに中をいじったが、ちび助、声を上げながらも、俺のから手を離さない。指が筋をなぞって、先端をいじった。
「くそ……」
息が上がりだした。前半も終わってないのに、このていたらく。ちびすけのやつ、得意そうに笑って、胸に顔を寄せて唇を当ててきた。
「お、お前なあ」
ちび助が俺の胸に舌を這わせて、ぺろんと乳首を舐める。う、と声が漏れた瞬間、噛まれて吸われた。右の乳首のやや上に、ちび助がつけたキスマーク。悔しくなって、俺も顔を伏せかけ、ちょっと手を伸ばす。
たらいに浴槽の湯を入れて、ちび助の体にかける。幾ら、俺でも、この泡は食えない。ちびすけなら、いつだって食えるだろうが、この付属物は勘弁してくれ。
湯に流されて、泡がとろとろ流れていく。ローションみてえだ。体中に広げて、また流して、いい匂いがする肌のあちこちを噛んだ。
「鳴海……」
そんな切なそうに言うな。我慢できないだろうが――ああ、もう無理だ。
「――入れるぞ」
がっついた声にならないようにするには、かなり苦しい状態だった。
「うん」
「後ろ向いてくれ」
「だめ」
おい。お預けか? お前の手の中で終わりにしろってことか? 追いつめられて、あまり深く考えられない俺の頭の中で、疑問が回り始める。
ちび助は俺の腕を下に引いた。行動の意味が掴めず、ぽかんと俺はされるがままに、ちび助に引っ張られている。
「鳴海、座って」
「ああ?」
俺は今日は立って後ろから決めようと思っていたので、座れと言われたのが、まだ不満だった。
ちび助が耳打ちしてくる。
「今日はこっちがいい」
「あ、ああ……」
なんだ、座ってやるのか。やっと俺にも了解できた。濡れた浴室の床に腰を下ろす。ちび助を抱き寄せながら訊いてみた。
「なんで、こっちなんだ?」
「その方が……奥……」
ちょっと言いにくそうに、ちび助がもごもご言う。
聞いた途端、唇がほころんだ。
「――ちび助、座ってやる方が好きなのか。知らなかったなあ」
からかってやると、ムキになって首を振る。
「ち、違うよ!」
「じゃあ、後ろから?」
「違うって」
「正常位か?」
ぺしっと胸を撲たれた上、顔を真っ赤にしたちび助に怒鳴られた。
「どれも好きだから、鳴海、早く座ってよ!」
……思ってたけど、いや、気づいていたかもしれないけど、ちび助はエッチだ。なんていうか無意識にエロい。それで、結構わがままで王様だ。亭主関白ってやつか? とにかく、時々、逆らえなくなるんだよな。なんでだろう?
「まあ、いいか」
「鳴海?」
「いや、こっちの話」
ちび助を抱っこして、上に載せる。一応、もう一度、慣らしておく。これだけ、指が入るなら、俺のも簡単だろう。
ちび助の息が上がって、泣きそうな顔になってる。
「すぐ、いじめる」
「違うって」
どっちかっていうと、精神的にはお前の方がいじめっこだ。いつも、俺はねじ伏せられている。
「ほら、こいよ」
「うん」
ちび助の協力のもとに、俺たちは無事、繋がり合えた。微妙な位置調整を終わらせ、運転再開――もとい動き出した。ちび助も手を俺の体に回して、ずり落ちないようにしている。腰を支えて、下から揺すってやる。ちび助も自分で腰を動かしながら、時々、締めつけてくる。
額をくっつけた。ちび助が、目元にうっすら涙を溜めて、笑っている。赤くなった頬、すぐ近くで聞こえる荒い息、石けんの甘いようなすかっとするような、爽快な匂い、湯気が立ちこめて、肌に残っている泡が、汗で流れていく。気持ちいいわちび助は可愛いわきゅうきゅう締めつけてくるわで最高だ。
下半身は考え無しに動いているっていうのに、頭のどっかで、俺はぼんやり考えてた。なんで、こんなに幸せなんだろうって。好きだからだ。うん。ちび助に惚れてるからだ。こいつとやっているからだ。それで、俺は単純にも納得する。
人間は年中発情期なのだという説も分かる気がした。すがってくるちび助の顔を見たら、たまらない。明日も明後日も発情したくなる。見て、触って、味わって、匂って、聞く。食い続けても飽きないんだよな。ちび助は。
考えたら、ますます、体も心も熱くなって、ちび助を思い切り、突き上げた。下になった俺に出来る範囲で暴れまくる。揺さぶられるちび助が悲鳴を上げた。
「あっ、だめだって」
「もうかよ……早いな……」
「ばか、なるみ、だって」
「お前が触るからだ」
「やっ、触ってない……あっ」
さっきから、気持ちよくてたまらない、と主張しているちび助の息子を、上下に扱いてやる。おまけとして、揺れに合わせて震えている二つも揉んでやる。
「やあっ、ああっ」
誰も知らない、俺だけが知ってる甘ったれた声だ。たぶん、俺も相当に、情けない声を出しているんだろう。誰にも聞かせられない、甘ったるい囁きを交わして、ちび助の名前を呼んで、果てた。
さて、終了後、最初に約束したとおり、ちび助を洗った。これ以上ないってくらいに、丁寧に、丁寧に、あちこちまんべんなく洗ってやったっていうのに、ちび助から返ってきた言葉は、鳴海のバカ、だった。ひでえやつだ。
もう一回、今度は自分で洗うというから、俺は先に湯船に入った。こうして、自分が色々と悪戯した体を見るのも悪くないなと、我ながら親父くさい視線で、ちび助を見ていた。
泡を流したちび助は動こうとしない。じっと俺が上がるのを待っている。
「なあ、入れよ」
「いやだ」
「いいだろ。何もしねえよ」
「嘘ばっかり」
「ほんとだって。一緒に入ろうぜ」
「嘘だ」
言いつつ、ちび助は渋々、俺の膝の上に乗っかってきた。分かってはいるが、狭いなあ、この風呂。足が伸ばせない。ちび助も足を折り、俺の膝の間に体を入れた。俺の胸を背もたれにして、体を預ける。
「な。何もしないだろ」
ちび助がうなずく。顔は見えないが、怪しんでいるんだろう。まだ緊張を残す体に手を回して、抱きしめる。
「鳴海」
「こうしてるだけだって」
「うん」
ちび助の体の力が抜けた。安心しきったように全身で寄りかかってくる。途端に、悪戯心を起こし、俺の手は風祭の体を探り出した。飛んでくる手と俺を避けようともぞもぞ動く体、そんなささやかな抵抗も何のその。
内腿の肉をつまんで引っ張っていると、ちび助は俺の手に自分の手を置いて、引っ張り上げた。
「んだよ、いいだろ」
「お風呂の残り湯、洗濯に使うから、汚したくない」
それかよ。俺とのいちゃつきを蹴って選ぶのが、洗濯に使う湯の清潔さかよ。
「お前……」
「節約」
ちび助は一言、言うと、俺の方を振り返ってみた。
「ね?」
なんだよ、その、聞き分けのないガキに言い聞かせてる見たいな大人の顔は。これ以上、ごねたら、ちび助に頭を撫でられそうな感じだったので、仕方なく黙った。つまんねえ訳じゃないが、楽しみが一つ減って、暇だ。
「鳴海、アヒルいる?」
「止めろ。子ども扱いするな」
してない、と言われるかと思ったら、ちび助は笑っただけだ。
「上がったら、ご飯食べよう」
「カレーだろ」
部屋に帰ったとき、匂いがした。ていうか、アヒルといい、カレーといい、まだ、俺を子ども扱いしているな。
「当たり」
その顔は、母親がガキを褒めるとき、とでもいいたいような笑顔だった。むかつくことに、可愛いんだよ。悔しさ混じりで呟いてみる。
「手抜きの時は、そうだもんなあ」
「そんなことない。唐揚げも作るし」
「お前の好物だろうが!」
両手をつかって、ちび助の脇腹をくすぐった。ちび助はうひゃうひゃ笑って、身をよじり、それに紛れて俺も悪戯したので、明日の洗濯に使う湯は、ちょっと減った。
「エビチリ作れよ。最近、食べてないぜ」
「明日ね。あ、思い出した。明日は鳴海が洗濯当番」
「日曜日はお前だろ」
「だって、先週は全部、僕がした。先々週だって、半分した」
「……へえへえ」
だいたい、俺が洗えば洗ったで、洗剤の量とか、柔軟剤がどうとか、いうくせに。そんな文句は口にせず、一応、うなずいておいた。口やかましいちび助は何だかんだ言って、手伝ってくれるのだ。明日は溜まっている汚れ物を洗って、ちび助と干すか。
「買い出しにも行かなきゃいけないよ」
「うげ」
「エビチリ作るから」
「分かった」
エビが安いといいなあとちび助が言う。なんか、所帯くさいぞ。
「ケチャップも、買いだめしたいなあ」
後は、とちび助は冷蔵庫の中身補充について話し出そうとしたので、俺は話を変えようとした。
「天気良かったら、買い物ついでに遊びに行くか」
せっかくの休みが洗濯と買い物で終わるのも寂しい俺の提案に、ちび助は、うなずいたが、ため息もついた。
「お金はあんまり遣えないけどね」
俺たちの問題はつまり、それなんだよな。
「あーあ、早く、契約金だけで何千万ってプロになりてえよ」
そうしたら、水道料金気にせずに、ちびすけと風呂の中でいちゃこら出来るのに。
「そうなったら冷蔵庫、買い換えたいね。あと除湿器も出来れば欲しいな」
「お前……」
想像が地に足、ついてるぞ。もっとでかい夢を持て。露天風呂作るとか、総檜造りとか、ジャグジーにするとか、そういうリッチな夢を見ろ。
そう言って、文句を付けたら、ちび助は、あははと笑って、俺の肩に頭を置いて、見上げてきた。
「鳴海」
それだけ言って、笑ってるだけだ。なんだか、かわいく思えて、キスした。
唇を離すと、ちび助が照れたように笑う。
「鳴海の家のジャグジーに僕も入れてよ」
「俺とお前以外は入れねえよ」
もう一回、今度はちび助の方からキスしてきた。これで、俺たちの遠いような近いような夢の話はまとまった。
あとは、のぼせる前に、出なくちゃな。
「よし。上がって、二回目やるぞ!」
「やだよ。先にご飯食べるんだって」
ちび助の返事は聞かず、俺はちび助の腰に手を回し、立ち上がらせると、腰にキスした。小四にしてようやく消えたという蒙古斑のあった尻にもキスして、ちび助を怒らせると、俺はカレーを食べるために風呂から上がった。
食後のちび助は、やけにカレー臭く、俺もカレー臭く、二人してベッドの上で、くさいくさいと言い合って、夜更かしした。
ちび助は俺の体に、キスマークを三個増やし、俺は背中と首に五個付けてやった。汗の量は同じ、涙はちび助の方が多いかもしれない。――きっと明日のキスはエビチリ味だろう。