ヒマワリ太陽


 なんだ、この愉快な光景は。将の後ろ姿を発見したとき、三上は呆れながら、そう思った。莫迦じゃないかとすら思った。
 将の頭のはるか上で、それは大きな大きなヒマワリが四つ、揺れている。茎の部分はしっかりしているらしく、花は少し萎れ気味の葉と違い、まっすぐに天を仰いでいた。
 何なんだ、一体あれは、どういう意味があるのかと、三上は首を振り、足を速めた。自分の身長よりも高いヒマワリを四つ持って、麦わら帽子を被り、ゆるやかな坂道を歩く将の後を追った。
 身長も違えば歩幅も違うので、ゆっくり歩く将に追いついた三上は、すぐには声をかけずに、将の後ろ姿を見やった。両側の民家の庭で蝉がわしゃわしゃと大声で鳴いて、三上の足音と気配を消していたから、将に気付く様子はなかった。
 袖無しのTシャツにハーフパンツ、サンダル。ちょっとそこまで、とでも言いながら出かけてそうな格好だ。それにしては頭の上に古ぼけた麦わら帽子が奇妙だが。日焼けした肌でも、肩の辺りはうっすら白いのを見て、三上はそれが、ひどく眩しいものであるかのように眼を細めた。
 将はやはり、頭の上でヒマワリを揺らしながら歩いていたが、ふと立ち止まり、あれ、などと呟きながら、勢いよく振り返った。
 重量のありそうな花が、頭と顔をめがけて飛んでくる。三上は体を反らし、花を交わしてから、呆気にとられたような将を見下ろした。
「三上先輩」
 瞳に浮かんだ驚きの中に、確かに喜びが広がるのを見て、三上は満足を覚え、そんな自分に思い切り、眉をしかめた。
「何してんだよ、お前は」
 三上のぶっきらぼうな表情と声にも構わず、将は笑った。
「こんにちは」
 将がぺこりと頭を下げ、その動きに従って、ヒマワリも頭を下げた。ついでに、麦わら帽子もずれる。
「ばか、頭なんか下げたら――」
 べこっとなにやら、奇妙な音がした。急に暗くなった視界で将が聞いたのは、柔らかい物同士がぶつかるくぐもった鈍い音だった。
 さすがに、状況を察して、将は急いで頭を上げた。
「先輩!」
 頭でヒマワリの挨拶を受けた三上は、将をじろりと見下ろした。
「お前、わざとだったら……」
「あ、頭、大丈夫ですか」
 将はヒマワリを置いて、民家の塀に立てかけると、三上の側に寄り、思い切り背伸びした。
「いいって、痛くねえよ」
 将が自分の頭を見ようとするのを断って、三上は頭を振った。はらはらと衝撃で落ち、髪に引っかかった黄色い小さな細長い花弁が、肩に散った。
「ごめんなさい。すみません」
 将が申し訳なさそうに言う。追いかけるように蝉がみんみん鳴く。三上は肩の花弁をつまみ、地面に落としながら、将が壁に立てかけているヒマワリを見た。
 根の部分が丸くふくらんだスーパーのビニール袋で覆われている。結び目に細かい黒っぽい土が付いていた。
「だいたいそれは何だ」
「ヒマワリです」
「そんなの見れば分かる!」
 舌打ちして、将の腕を引っ張り、三上は枝が道路上にまで伸びたために出来ていた木陰に入った。照り返しはあるものの、太陽から直接にさらされるのとそうでないとでは、だいぶ違う。
「なんで、ヒマワリなんか持ち歩いてるんだ」
「もらったんです」
 嬉しそうな顔になって、言うのが気にくわない。心の狭さを実感しながら、三上はヒマワリを今度は睨みつけた。茎も太く、葉も今は萎れているが大きく、将の手の平ほどありそうだ。花も大きく、色も濃い。よく育ったヒマワリだった。
「誰に」
「おじいさん」
 要領を得ない将に、質問と言うよりはほとんど詰問に近い調子で三上は問いかける。
「お前のじいさんか」
「違います。この坂の上の、四山さんって家のおじいさんです」
 知り合いかと訊ねると、将は首を振った。三上は苛々としながら、言った。
「知らない奴に物をもらうなって、習っただろ」
「だけど……」
 将の頬が、ぱっと赤くなった。なんだ、どうしてそこで赤くなるんだと、三上は面白くない。相手はおじいさんではないか。それとも、実は三上ではなく、思い切り年が違う方が好みなのかと、下らない嫉妬まで抱いてしまった。
「だけど、なんだ」
 将は蝉の鳴き声にかき消されそうな小声で言った。
「背が高くなるって、言われたんです……」
 ああ、莫迦だと三上は目眩を感じた。将が莫迦なのではない。小声で呟いたときの将を、可愛い奴だと素直に思ってしまった自分に対してである。


 将が根付きのヒマワリを四本と麦わら帽子をもらったいきさつは、以下のようなものだった。
 午前の涼しい内に、買い物に行こうと考えた将は気軽な服装で、財布を持ち、家を出た。どういう気まぐれを起こしたものか、いつもは右に曲がるところを左に行ってみようと考え、そこからどんどん知らない道に入っていった。
「そういうのは迷子っていうんだ」
「迷子じゃないですよ。僕、知らない道を歩くの得意なんです」
「へえ」
 三上は、とりあえず反論は止めておくことにした。それよりも、知らない道を歩いた将の話の続きをうながす。 
 坂道を上っていた将は、やがてヒマワリのある家の前で足を止めた。家から出てきた老人が声をかけるまで、首を反り返らせながら、ヒマワリを眺めていたという。
「だって、あんまり大きくて立派だったし……」
 三上は言い訳のように話す将を見下ろし、その頭に手を置くと、にやにや笑いながら、麦わら帽子の上から頭を叩いた。
「お前より、でかいヒマワリだもんなあ。そりゃ、羨ましいだろ」
 三上の手に押されて、帽子が深く被さった将は両手でつばを押さえ、三上を睨んだ。
 視線のいじらしさに動揺した自分を隠し、三上は話を続けさせようとした。
「それで? じいさんがヒマワリくれたのか」
 老人も丹誠込めたヒマワリを感心して眺める将を気に入ってくれたらしく、色々と言葉を交わしたらしい。その途中、僕もこれくらい大きくなれればなあという将の無意識的な呟きを聞きつけ、ほほえみながら言ったそうだ。
「――ヒマワリを育ててたら、背が伸びるって? 爺さんが言ったのか?」
「はい」
 将の笑顔は晴れやかだ。
「……お前、自分が幾つか言ったのか」
「言ってませんけど」
 中学生に見られていないのは間違いない。それどころか、小学高学年なのも怪しい。ひょっとして麦わら帽子をくれたのも、こんな炎天下に、帽子も被らず歩く坊やを心配しての事かもしれない。
「子供と思って、からかわれたな」
 老人の言ったという言葉を教えられ、三上は驚き呆れるより、心の底から納得してしまった。そうだろうなと思う。将をからかうのは楽しい。軽く、苛めるのも面白い。反応があんまり素直なのだ。
「僕だってそんなすぐに大きくなるなんて思ってません」
「すぐ、ってことはいつかは大きくなると思ってるのか」
「少しくらいは……。だって、そうじゃないと」
「毎年、ヒマワリ見るたびに、悲しくなるもんな」
「先輩!」
 将が見上げて、憤慨だというような声を上げる。三上は唇の端で笑った。じわじわと蝉が側で鳴き出し、三上は麦わら帽子を片手で取り上げた。そのまま、自分の頭に載せる。乾いたわらとあたためられた将の髪の匂いが鼻先をくすぐった。
 ひどいと言いたげな抗議の眼差しをした将に、三上は静かに口づけた。蝉の輪唱の中、重ねた唇は夏の朝のような清々しさがあった。


「ヒマワリ、持って帰るのか」
「……」
 白昼の路上での口づけに、将は怒った。もっとも、舌は入れてないのに、どうして怒るんだと思う三上と人目のありそうなこんな場所でと思う将とでは、ケンカにならない。なので、将はだんまりを続け、三上は少々、困りながら、将に話しかけ、相変わらず、二人して木陰で蝉の鳴き声を聞いているのだった。
 麦わら帽子を頭に乗せたままの三上は将の気を引く言葉を探し、見つけ出した。ひまわりを指さす。
「この暑さじゃ、早くしないと枯れるぜ」
 将が慌てたように、ヒマワリを見て、それを持ち上げた。
「ほら、葉っぱの先が萎れてる」
 三上が脅すと、将は三上を軽く睨み、ぱたぱた歩き出した。白いままの膝裏に不意に渇きを覚え、三上は軽く息を吐くと歩き出した。片手で自分の頭にある麦わら帽子を取り、将の頭にぱふんとかぶせる。驚いて、足を止めた将の手からヒマワリを取り、さっさと前を歩く。
「先輩」
 焦ったような将の声に、三上は振り返らずに答えた。
「なんだよ」
「これ、どうぞ」
 ぱさんと視界が麦わら色になった。ヒマワリを片手で抱え、三上は将が被せてくれた麦わら帽子のつばを持ち上げ、振り向いた。
 日光に照らされ、将が三上を見つめていた。視線に、くすぐったさを覚え、わざと、ぶっきらぼうに言った。
「お前がもらった帽子だろ。四山のじいさんに」
「日射病になったら、大変だから被ってて下さい」
 三上はふたたび、つばを下ろし、表情を隠した。暑さのせいでなく、顔が火照った。照れた事に、また照れた。
「ヒマワリ、僕が持ちます」
 伸ばされた将の手から、三上は逃れ、首を振った。
「いい」
「だけど」
「帽子を被ってるから俺が持つ。お前は日陰を歩け、いいな」
 三上は将の返事を聞かないまま、歩き出す。
「え――」
 よく分からない理屈を述べられ、将はまばたきしたが、三上の後を急いで追いかける。
 早足だった三上は、途中で歩調を緩めてくれた。追いついた将は、前を確かめ、三上の顔を見上げというように、交互に上と前を見ながら、不思議そうな声で三上を呼んだ。
「先輩?」
「ばか。日陰、歩け」
「は、はい」
 将は三上から離れ、慌てて道路端にわずかに出来た日陰へ移動した。今が盛りの蝉の声がこだましているので、大きめの声で訊ねる。
「どうして、僕だけ日陰なんですか」
「日射病」
 ちょっと間を取り、三上は、大変だろう、ととんでもなくぶっきらぼうな声で付け加えた。将は立ち止まり、唇を震わせた。意味が分かった瞬間、胸が詰まってしまい言葉が出てこなかった。
「なにやってんだ」
 三上はかなりの距離を歩いてから、将が付いてこないのに気づき、戻ってきた。三上の頭近くでヒマワリがふわりと揺れた。
 将は三上を見つめ、何か言おうとしたが、唇を閉じた。火照った頬が、自分でもみっともないような気がして、それがおかしく、少し笑う。
 三上が何か呟いたが聞こえなかった。麦わら帽子のつばの影になって三上の表情もよく見えない。それでも、唇や頬の辺りに、優しさと照れが漂っていたように見える。
「行くぞ」
 三上は早口で言うと、また歩き出した。将は三上の横に並んだ。
 三上がじろっと将を見下ろす。将も負けずに三上を見返した。やがて、三上は何とも言えない、複雑な、それでいて嬉しげな顔つきになった。
「好きにしろ」
「はい」
 将は三上のやや斜め横、ヒマワリと三上が作るほんの少しの影に入って、歩いた。途中で、交代だと三上が言い、将の頭に麦わら帽子が戻ってきた。ヒマワリは変わらず、三上が持っていた。将が幾ら頼んでも渡してくれない。
「俺が持つって言ってるんだから、それでいいんだ」
 将は、ちっともよくないです、とこっそり言った。聞きつけた三上は将の帽子のつばを思い切り、前に落とし、視界をふさいだ。麦わら帽子の隙間から、三上の声が届く。
「あとで、何か奢れ。いいな」
 将は帽子を上げて、うなずいた。
 炎天下を歩く中、一度、肘が触れ合った。かすかに汗ばんだ互いの肌に、三上は将を見下ろし、将は三上を見上げる。
「暑いな」
「暑いですね」
 じりじりと太陽に煎られながら、二人して歩き、ホームセンターへ行った。暑さにげんなりした顔をしている店員を捕まえ、ヒマワリにちょうどいい鉢を四つと土を買った。プラスチックの軽い鉢四つは将が持ち、三上は将の恐縮そうな表情にも構わずヒマワリと新しく荷物に加わった土を持っている。
 外へ出ると、将は店の入り口近くにあった自動販売機でアイスを二つ買った。
「それ、その青いやつ」
「このソーダ味ですか」
「ああ。――お前、こんな暑いのに、なんでそんな甘いのを食べるんだ」
 三上は将が手にしたバニラアイスに難癖をつけたが、そのくせ、俺にも一口、喰わせろと言う。
「先輩、甘いの嫌いなのに、どうして食べたがるんですか」
「……いいだろ、別に」
 ちょっかいを出したいのだと、素直に認めたくない三上は適当に誤魔化した。
 二人で、日陰に置かれたベンチに並んで座り、アイスを食べる。三上は将よりも早くアイスを食べてしまい、まだ、アイスを囓っている将を、ずっとからかい続けた。
「まだ喰ってるのか」
「溶けてるぜ」
「そんなの一口で喰えるだろ」
「ほら、垂れた」
 将はなぜだか得意そうな三上の顔を、迫力のない睨み方で見つめ、手に垂れたアイスをぺろりと舐め取った。赤く濡れた舌の動きに三上が将の頭を小突き、目を逸らした。
「――ジュースにしとけば良かった」
 思わず出た三上の言葉に、将はああ、とうなずき、ポケットに入れた小銭入れを探ったが、缶ジュースを一本買うには足りない。途端に沈んだ顔になる将に、三上はぼそぼそと呟いた。
「別にアイスが嫌だった訳じゃねえよ」
 それ以上は言えない。
 将は食べてしまったアイスの棒を、軽く口の端で噛んで、訊ねた。
「喉が渇いたなら、家に寄っていきませんか」
「なんだ、荷物運びさせるつもりか」
 そう言いつつも、三上は笑う。願ってもない申し出だった。
「ぼ、僕が持ちますから!」
 将の手を交わして、三上はベンチから腰を上げた。ヒマワリと土を持ち上げ、歩き出す。また、どちらが重たいものを持つかを言い合い、結局、将がヒマワリ、三上が鉢と土、それを途中で交代する、ということで落ち着いた。
 暑いと文句を言いながらも三上は機嫌良く、暑いですねと同意しながらも将は嬉しげだった。荷物が多かろうが、汗が背中を濡らそうが、何も気にならなかった。


 マンションに戻ると、将は部屋に冷房を入れ、三上によく冷えたサイダーを出し、自分はベランダへ行ってしまった。日陰になった場所で、早速、ヒマワリを鉢に植え替えている。手を土だらけにしながらも、三つすべて鉢に植えてしまい、今度は台所に戻り、ボウルに水を満たして、またヒマワリの元へ行く。
 土に水を注いでいるのを見て、根が煮えるのではと三上は思ったが、鉢は日陰に置いてあるし大丈夫なのかもしれない。なにしろ、三上がヒマワリを育てたのは、小学校の頃だったし、放っておいたまま、世話も滅多にしなかった。それでも花は咲いていたことを思い出し、植物は結構、丈夫だからなと自分を納得させた。
 それでも、将が手を洗いに行ったとき、ヒマワリを日陰にぴったりと寄せたのは、道中、ずっと持っていた分、情が移ったからだろう。
「風祭」
「はい」
 手を洗った将は自分の分のサイダーをグラスについでいた。
「お前の部屋のエアコンのリモコンはどこだ?」
「机の上ですけど」
 三上は立ち上がり、将の部屋に入ると、冷房をつけた。
「先輩?」
「こっちは切るぞ」
「ありがとうございます……」
 両方付けていては電気代がかかるなと、少し心配していた将は、三上の心遣いに、とりあえず礼を言った。将の部屋が冷えたのを確認してリビングから移動する。
 涼しくなった将の部屋で、三上は当然のように将を抱き寄せた。これでも、嫌がる素振りを見せれば、不平たらしい顔つきをしながらも、あっさり解放してくれるので、その辺を、やっと呑み込めた将は、恥ずかしさを感じながらも、抵抗はしなかった。
 服を脱がされ、将は目を閉じ、三上に体を預けた。
「先輩、汗くさい」
 呟いてみたのは、少しだけ抵抗してみたくなったからだ。形は違う甘え方でもあった。
「お前だって」
 三上は顔を下げ、将のうなじに唇を当てた。くすぐったいと将は笑う。抱きしめて、三上は将をぬくみがかすかに残るシーツの上に組み敷いた。
  肌に口づけながら、しょっぱいなと文句のように三上は睦言を言う。腿の柔らかい肉を噛んで、薄く歯形を付けた後で、三上は髪を引っ張られたので、顔を上げる。
 三上の愛撫で、表情を酔わせていた将は、うっすら濡れた唇で、ほほえんでいた。
「せんぱい、ほら」
 指先に摘まれたヒマワリの花びらごと、三上は将の指を噛んだ。呑み込んだ花びらから、むせかえるような夏の匂いを嗅いだ気がした。


「それじゃ、帰るな」
 交代でシャワーを浴び、流した汗の分、麦茶を飲むと、三上は立ち上がった。将は玄関へ行く三上の後に付いていったが、途中で引き返した。三上が靴を履いていると、戻ってきた。両手にヒマワリの鉢を一つ、抱えている。
「これ」
「ああ?」
 身をかがめていた三上は怪訝そうな声を出した。目に入ったのは石けんの匂いが漂う将と、その横に咲くヒマワリだ。
 いらないと言わず、三上は手を伸ばして、ヒマワリを一鉢受け取った。
 将は照れたように笑った。ヒマワリを抱えた三上に唇を開く。
「先輩――」
 三上は将の言葉には応えず、爪先を打ち付けて、靴を掃き終えた。
「じゃあな」
「また」
 将は壁により掛かって、三上を見送った。廊下へと伸ばされた、すんなりと伸びた素足が、さきほどまでの時間の影響もあってか、艶めいて見えた。名残惜しさを押さえ、振り返らないようにして、三上は扉を閉めた。気をつけて、という将の声だけが追って、三上の背中をふわりと撫でた。


 戻った寮は蝉の鳴き声を除けば、静かだった。まだ、どこかに出かけている者の方が多いらしい。本心としては、誰にも見とがめられずに、部屋まで戻りたかったが、食堂の前を通りがかったとき、藤代に呼び止められた。
「なんだ」
「うーん」
 藤代はヒマワリと三上をしげしげと見つめ、首を振った。似合わないなあと目が語っているので、鉢を持たない方の手で、頭をはたいておいた。叫び声を上げて、痛みを表現した後、藤代は好奇心に耐えかねたらしく、訊ねてきた。
「どこ行ってたんすか」
「四山のじいさんの家の近くだ」
「はあ?」
 三上は構わずに、鉢を持って、部屋へ戻った。ヒマワリを床に置いて、花びらに触れた。そっと、将に触れるときのように、優しく。
「ガラじゃねえな」
 照れ隠しに呟き、三上は花びらから指を離した。
 ヒマワリ、枯らさないで下さいね。様子を見に行きますから――ヒマワリ色した将の声が、心地よく、耳に思い出された。
 枯らさないで待っててやるよ。言われたときには返さなかった言葉を、三上は思った。



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