恋バカ



 腹立たしいことに、ぞっこんだった。心底から惚れきっている。怒っても、泣いても、あくびをしても、鼻水垂らしていても、可愛くて仕方ない。
 これだけでも気に入らないというのに、惚れきっているという自覚が自分でもあるから、余計ににくらしく思える。
 毎日、側にいても飽きない。見ていても、触れていても、話していても、まだ足りない。そう思うのだから、たまにしか会えない今の状態というのは、非常に、苛立つ。現在、二人が置かれている状態や立場を考えれば当然なのだが、ここまで惚れきった相手に、滅多に会えないのは、つらい。
 つらすぎて、いとしすぎて、極端に心がひねた。そのせいで、会っている間、三上は将をいじめている。からかって、馬鹿にして、睨まれたり、軽く叩かれたり、時には本気で泣かせてしまったりしている。
 馬鹿だと思う。自分以上の馬鹿は、いないとまで思う。分かっていて、止められないのだから、どうしようもない。
 ついに、将から言われてしまった。
「先輩、僕といて楽しいですか」
 三上は言葉に詰まった。楽しいのである。何より、将と過ごすのが楽しい。素直に認められないのが、三上のひねくれ具合を表している。
 返事がないので将が言葉を続けた。
「負担になるなら、僕は別れたいです」
 三上はうろたえた。これがまた、見事なくらい表面に出ない。表情は、一種、冷たさを感じさせるくらいに冴えている。余計に悪かった。
 ここで、ぎょっとした顔の一つでも作れば、済む話だ。それなのに、三上はちらりと将を見ただけだった。
 予想するべきだった。いや、していたが、考えただけで怖くなったので、途中で止めたのだ。うぬぼれがなかった訳ではない。何だかんだ言って、将も三上に惚れきっているのだ。だが、惚れきっているからこそ、見切りを付けるときもある。
 三上はどうするか考えていた。プライドなんぞ、捨てちまえと言い聞かせた。もっともここで捨てられるなら、きっと正面切って、将に愛していると言っているだろう。
 そんなことは出来るわけがない。なので、三上は言動より、行動を見せた。
「馬鹿」
 言うなり、引き寄せた。わっ、と将が妙に間抜けな声を出して、驚いた。
 その口を塞いで、舌を差し込む。少々の抵抗なら慣れているので、上手く交わして、押さえつけながら、床に組み敷いた。背中が痛いかもしれないが、あとで膝の上にでも乗せるとして、今は我慢してもらう。
 さっさと胸をはだけさせ、ズボンを下ろす。止めてくれと言う割に、厭がらないのが、この体のいやらしいところだ。もっとも仕込んだのは三上なので、文句も言わないし、逆に満足している。
 あちこちが素直に悦び出して、たちまち床が湿り出す。やらしいなと囁いて、耳たぶを噛んでやると、手の力が更にゆるんだ。
 いやだという声も、三上の指が忍び込んでくると、あっという間に、別の響きを帯びる。それなのに飽きもせず、いやだと言い続けるので、三上は優しくなぞって、指を絡めた。
 将が、いやだ、とまた言ったので、三上はその唇を舐めて、囁いた。
「何がいやだ、どろどろだぞ」
 どこぞのポルノでもあるまいしと思いつつ、三上は思う存分、楽しんだ。終わった後、どうなるかを考えれば、行為に溺れるしか逃れる道はあるまい。
 這わせるなり、膝に乗せるなりで、さんざん苛んで、絶頂が一つの満足だというのなら、将にも味あわせ、自分も味わった。
 さすがにこれ以上は三上の体も無理だというところで引き抜いて、体を離そうとしたが、将の体は全身がぐったりしている。ソファの上のクッションを取り、床に投げおいた。将の体をそちらに倒す。
「先輩」
「ねてろ」
 まだ声に熱を残した将に言うと、おとなしく目を閉じた。数分もすると、寝息が聞こえ始めた。相変わらず、寝付きがいい。
 髪を撫でようとした手を三上は引いた。が、ちくしょう、と無意識に呟いてから、将の頭を自分の手で支えた。
 寝ていた時間は長くなく、二十分ほどで将は目を覚ました。
 将の瞼が動いたので、三上は腕を抜いた。横目で、起き抜けのとろんとした将の顔を眺めつつ、素知らぬふりをする。
 待っていた。
 将は枕がわりのクッションに頭を付け直した。
「来月の十日から三連休なんです」
 先輩も休みが取れたら一緒に出かけませんかと、かすれた声で将は続けた。三上はうなずきかけて、思い出した。
「お前、別れるって」
「嘘です」
 言って、将は三上を見つめた。
「先輩が思ってること、少しくらいは僕にだって分かります」
 ――騙された。信じ切ってしまった。怖がりながら抱いて、それに喜ぶ将に、離れられないだろうとまで囁いた。馬鹿だった。こんな間抜けは見たことがない。鏡でもあれば、その中の自分に殴りかかりたいくらいだ。
「くそっ」
 舌打ちして、悪態をついた。だが、将はにこにこ笑っている。それを見ただけで、怒りが溶けていく。どうしようもない。ここまで思ってしまう相手なのだ。縁と思って、諦めるしかない。
「三連休は旅行、行くぞ」
 将を抱いた。三上の腕の中で、将は嬉しそうにうなずいていた。

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