ぼくのおうち



 ――ある小学校一年生の作文ノートからの抜粋。

 ぼくのお父さんはやおやさんです。お父さんは、あさ、はやくおきて、せりにいきます。せりは、やさいをかうところです。せりでかってきたやさいを、お父さんはお店でうります。うちのおみせのやさいは、新せんで安くて、おいしいんだと、お父さんはいいます。あたってるとおもいます。
 ぼくはおやさいが大すきです。友だちにはピーマンとかなすとか、にんじんとかキャベツとかトマトとかきらいという子もいるけど、ぼくはおやさいはぜんぶすきです。
 あと、ぼくのお母さんは、サッカーせんしゅです。高井有紀という名まえです。テレビにも出ていました。テレビに出てたときは、お父さんが、すごくうれしそうに、これがお母さんだといってました。お母さんはお母さんなのに、お父さんがぼくにいうのがふしぎです。でも、ぼくもお母さんがでててうれしかったです。
 ぼくは大きくなったら、お父さんみたいなやおやさんになりたいけど、お母さんみたいにサッカーせんしゅにもなりたいなとおもいます。お父さんにはなしたらお父さんもやおやをやりながらサッカーしてるからやればできるといいました。
 やおやさんをしながら、サッカーせんしゅをぼくはがんばろうと思います。

 <しゅくだいの作文、たいへん、よく書けました。高井君は好ききらいがなくて給食もいつも残さず食べていますね。えらい!
 やおやさんとサッカーせんしゅめざしてがんばってくださいね。お母さんの名前、先生も知っていますよ。すばらしいせんしゅだと思います。先生より>

 ぼくは、サッカーのクラブに入りました。ボールをけったりするのはたのしいです。クラブの先生が、高井はサッカー上手だな、とほめてくれました。うれしいです。
 お母さんがおしえてくれるのかと先生がききました。ぼくははいといったけど、お母さんもサッカーおしえてくれるけど、お父さんにおしえてもらうのがぼくは大すきです。おとうさんはサッカーのコーチなのでおしえるのうまいとおもいます。あと、お父さんのお友だちにおしえてもらうのは、もっともっとたくさんすきです。
 お父さんのお友だちは、お母さんみたいにサッカーせんしゅです。マリノスの水のせんしゅとサンガのシゲせんしゅとジュビロの将せんしゅです。みんなうまいけど、ぼくは将せんしゅにおしえてもらうのが、一ばん大すきです。将っていう字もがんばっておぼえました。
 将せんしゅは、小さいけど、たくさんがんばってます。それでいつもにこにこわらっててすごいなとおもいます。ぼくも小さいから将せんしゅみたいにたくさんがんばりたいです。それであんなふうににこにこいっぱいわらえるひとになりたいです。
 将せんしゅがぼくのおうちに来るときは、水のせんしゅとシゲせんしゅだけじゃなくて、もっといっぱいせんしゅがきます。お父さんとお友だちじゃなくて、将せんしゅのお友だちです。アントラーズのしぶさわせんしゅとか、ヴェルディのふじしろせんしゅとかです。でももっといっぱいきます。まえは、スペインに行ってたしいなせんしゅもきてました。
 みんな、ぼくにサッカーをおしえてくれます。でも、そういうときは、人がいっぱい見にくるから、ぼくは将せんしゅだけでいいとおもいます。このあいだ、将せんしゅにないしょでおねがいしたら、そうだねといってくれました。だからこんどは将せんしゅだけだとおもいます。ぼくは、そしたらいっぱいいろいろたくさんおしえてもらいたいです。

 <高井君、まい日サッカークラブがんばってますね。クラブの先生も高井君のことほめてました。サッカーせんしゅのお友だちがたくさんいて、いいですね。将せんしゅに今度はなにをおしえてもらうのかな? 先生より>

 日よう日に将せんしゅがおうちにきました。一人だけだったので、ぼくはうれしかったです。お母さんもお父さんもうれしそうでした。
 将せんしゅがおみやげにおかしを持ってきてくれたので食べてからサッカーしました。ボールをけったり、シュートのれんしゅうをしました。ぼくはドリブルがにがてなので、おしえてもらいました。つかれたけどたのしかったです。
 それで将せんしゅがやすもうといってジュースをかってくれました。二人ですわってコーラをのみました。おいしかったです。そしたら、将せんしゅのひざにぼくが犬にかまれたあととにたようなのを見つけたので、犬にかまれたのってきいたら、手じゅつのあとだよっておしえてくれました。なんで手じゅつしたのってきいたら、すごいことをきいてしまいました。
 将せんしゅはむかし、大けがをしてサッカーができなくなったそうです。でも、ドイツにいってなおしたそうです。すごいなあとおもいました。ぼくが手じゅつのあとをさわってみたら、つるつるしててやわらかったです。将せんしゅがくすぐったいっていうからやめたけど、もういたくなくてよかったです。
 将せんしゅがぼくのおうちからかえるとき、そとに大きな車がありました。車にジュビロのすおうせんしゅがのっていて、将せんしゅがいっしょにのってました。ぼくはおうちでばいばいしたけど、あといっかいばいばいしようとおもってそとにいきました。すおうせんしゅが将せんしゅにかおをくっつけてたからおなじチームだとなかよしだなとおもいました。
 ぼくがばいばいっていって手をふったら、すおうせんしゅも将せんしゅも、びっくりしてました。でもちゃんとばいばいしてくれました。すおうせんしゅにサインをもらいました。すおうせんしゅもすきだけど、将せんしゅとおかあさんとおとうさんがぼくのいちばんすきなせんしゅです。

 <将せんしゅはけがをしてたんですね。もういたくなくてよかったですね。高井君もけがに気をつけてサッカーをがんばりましょう。新しい、サッカーせんしゅのお友だちができてよかったですね。先生より>

 きょう、大きくなって、サッカーせんしゅになったら、将せんしゅといっしょにサッカーしたいなっていったら、しいなせんしゅが、年がちがいすぎるからだめだっていいました。ガンバのわかなせんしゅもそうだっていいました。ぼくはかなしくなって、あとむかってきて、なにかいおうとおもったけどなかなかいえなかったです。そしたら将せんしゅが、そんなことないよっていってくれました。なきたかったけどぼくはがまんしました。 そしたらひざにだっこしてもらいました。
 ほんとうは、ぼくはもう小学こう一年生でお兄ちゃんだからはずかしかたけど将せんしゅだからいいとおもいました。ほんとうはおとうさんとかおかあさんにもたまにだっこしてもらったりします。せんせい、ひみつにしててください。
 ぼくが将せんしゅのひざにいたらみんなこっちをみててこわくなりました。だからからだをうごかしてみんなのかおがみえないようにしました。そしたらまえにサッカーをてれびで見てたときみたいに、ぶーっていわれました。
 ぼくはかんがえて将せんしゅはおとなだからぼくは小さいし、きっといっしょにサッカーできないかもっておもたから、将せんしゅにコーチになってもらってサッカーをおしえてもらうことにしました。ぼくがいったら将せんしゅはいいよ、うれしいなっていってくれてぼくもうれしかったです。
 でもほかの人たちが、みんなもっとこわいかおになって、シゲせんしゅがお父さんにどないなしつけしてんねんとかおこって、ほかのひともおとうさんにいっぱいおこりました。でも、お母さんがもっとおこってくれて、将せんしゅもおこったらみんなおとうさんとぼくにごめんねていってくれました。お父さんをいじめたらお母さんと将せんしゅがおこるんだなあとおもいます。
 どっちもこわかったけどぼくはふたりとも大すきです。おとうさんも大すきです。

 <高井君、もう元気はでましたか? サッカーせんしゅのひとはこわいんですね。先生もびっくりです。きっと高井君がサッカーうまいから、みんなこわいんじゃないかな? 将せんしゅとお母さんがいてくれてよかったですね。先生もほっとしています。これからもサッカーがんばりましょう。だっこのことは、だれにもいいませんよ。先生より>

 ――ため息から始まるある夫婦の会話。

「まったく、幾つになっても大人げないのね、あいつら」
「そういう問題じゃない気もするけどな」
「そうそう。とっくに風祭はすお……とにかく、うちのこが風祭に懐いただけで、あの騒ぎよ。サッカー教えるくらい何がいけないのよ。風祭がだっこしたくらいで、ブーイングって、あいつらなに考えてるんだか。ああもう! 思い出したらむかついてきた」
「そんなおこるなって」
「あんたは、いやじゃないわけ? この家いっぱいに、でかい男ばっかり集まってむさくるしいったらないわ」
「うーん、水野やシゲや不破くらいまでだったらまだいいんだけどな……。来るのは、渋沢だろ、藤代だろ、若菜、郭、真田、椎名、鳴海、高山、須釜、杉原、吉田――」
「ちょっと、数えるのやめてよ。なんか、こわいじゃない」
「俺も、今、こわくなった。だって、これで来てるやつらの半分くらいだろ。よくこんな狭い家に入るな」
「あら、充分ひろいわよ。あんたが頑張って建てた家じゃないの」
「そ、そうか?」
「そうよ」
「――そ、それでな、水野たちに面と向かって来るなとは言えねえだろ。たぶん、風祭も気をつかって、来なくなるだろうし」
「うん。風祭の性格からいったらそれはあり得る」
「そうなると、あいつがかわいそうなんだ。風祭が来ると、あいつ喜ぶんだよなあ……」
「そうね。あんな内気な子が明るくなってクラブまで入ったし。先生からも、お知り合いのサッカー選手がずいぶんいい影響を与えてらっしゃるようで、なんていわれたのよ」
「だろ?」
「だから、いい影響を与えてるサッカー選手は一人で、あとはしょうもない選手ばっかりですって言っといた」
「おいっ!」
「大丈夫。先生も分かってるって。ほら、あのこノートに作文書いてるじゃない? あれ読んで、なんとなく事情は分かってるみたい」
「それもどうかと思うけどな……」
「こういうのはどう? 物事はこっちに有利に考えるの。あいつらがきて、何かいいことはあるはずなんだから」
「仕事にならない、見物客がきて、通行の邪魔になる、ゴミを落としていく。悪いことは思いつくぜ」
「あっ、お義母さんからきいたけど、店の売り上げは増えてるんでしょう?」
「……まあ、顔も名前も売れてる選手が来るし、雑誌にも載ったから……それを考えたらお前のいうとおり、いいことはあったわけだ」
「そう。そこをねらうわけ。せいぜい利用させてもらいましょ。ね、あなた」
「だけどなあ……俺は、普通の八百屋のおやじでいいんだよ」
「あたしもそれでいいわよ。JFLの選手もやってる旦那でね。――ま、家の増築費用と二人目の養育費、稼がせてもらってると思えばいいのよ」
「え、二人目っ?」
「そういうこと――どうしたの変な顔して」
「まさか、二番目まで、あいつらライバルとか思わないよな」
「……ごめん、否定できない」

<<<