無理。やっぱり、無理。それがファルーシュの言葉だった。
「え――こ、この状態で、そんなこと言うんですかー、王子」
 カイルは眉毛を下げて、泣き出しそうな表情を作った。もともと目尻が垂れているものだから、そうすると本当に悲しそうな顔になる。
 カイルに負けず、ファルーシュの方も泣き出しそうな顔だ。青い瞳はさきほどまでの快楽とは違う意味で潤んでいる。
「だ、だって、無理。絶対、無理」
 寝台の上へ上へと背中で逃げようとする王子の腕をとらえ、カイルはなだめるように言う。
「大丈夫ですって。ゆーっくり、たーっぷり指でほぐして、濡らして、入りやすくしますから!」
「やだ。痛い、絶対、痛い」
 却下、とばかりにファルーシュは首を振る。
「痛くないですってばー。この頃はここに触るとき」
 ファルーシュの足を開かせたカイルの手が、腰から前へと下りてくる。今はくったりとうなだれているファルーシュの肉茎を指でちょんとつついて、更にその下へと指を伸ばした。
「一緒に、後ろも指でほぐして、慣らしてるでしょう?」
「でも……」
 ファルーシュは涙目で、カイルの体を見やった。
 彼は一見して優男と侮られそうにもみえる容姿なのだが、女王騎士の名に恥じぬその長身は鍛え上げられた筋肉で無駄なく、覆われている。
 見事に割れた腹筋から更に視線を下げると、金褐色の茂みの下で少し上を向いた陽根が目に入った。色も形も、人の雄としての臭いを色濃く発し、自分の陽根とのあまりの違いに目眩すら感じる。
 ファルーシュの肉茎は、まずカイルのように先端が露わになっていないし、色もカイルが評するに舐めたくなるような綺麗なピンク色らしい。カイルの方は赤みを帯びた茶色とでもいおうか。時々、ファルーシュは、カイルの陽根を見ていると、喉の乾きに似たものがせり上がってくることがあるが、それはまだカイルにも伝えていない。
 王子はいつまでもこのままがいいあなと時々、カイルが呟きながら撫でる股間は、産毛のような淡い細い茂みが何かのおまけのようにあるだけで、ほぼつるんとしている。
 カイルの願いとは裏腹に、ファルーシュとしては、カイルほどの立派な茂みが欲しいのである。父だって、立派なもじゃもじゃがあった。ならば、その息子たる自分も、立派なもじゃもじゃが欲しい。
 まあ、今はもじゃもじゃは置いておくとしても、だ。
 ファルーシュは再度、確認するようにカイルの陽根を見て、確信した。
「やっぱり、無理! そんな大きいの絶対、入らない!」
「ええーっ!」
 カイルが愕然とした面持ちで、ファルーシュに詰め寄った。
「お、王子! そりゃ、大きいって言われたのは男として嬉しいです。でも、俺のは標準的大きさですって! 第一、この状態は準備段階ってところで、もっと大きくなるんですよー」
 最後の一言は余計だった。ファルーシュは目を見開き、口を驚いたように少し開いて、しげしげとカイルの陽根を眺めた。
 今でも、恐い位なのに、これが更に大きくなる? 
 くすんとカイルが悲しそうに鼻を鳴らし、こめかみに口づけてくる。
「王子だって、同じじゃないですか。いっつも、触ったら」
 親指と人差し指で、ひょいとつまむ。きゅっと軽くすりあわされて、思わず、身が震える。恐さからではなく、気持ちよかったからだ。さきほど、カイルの手と口で、さんざん、なぶられたというのに、そうされると、またしてもらいたくなってしまう。
「ここ、大きくなっちゃうでしょう。俺のも同じですよ」
「う……だけど、僕のはカイルほど大きくない」
「だから、俺のは普通ですってばー。大きいのはセガイ殿やゲオルグ殿ですよ。ああいうのを巨根というのであって、俺のは本気出しても、王子が怖がるほど無茶苦茶、でかくなりませんから!」
 鼻息荒く、声高らかにカイルは宣言した。男としての誇りをある意味、放棄しているのだが、カイルにとっては、今はファルーシュを怖がらせない事の方が自らのプライドよりも優先される。
 もっとも、そこまで他人の股間を観察したことのないファルーシュにとっては、あまり意味のない宣言ではあった。だからこそ、うなずけない。目の前にある事実が最優先されるのである。
「王子……」
 悲しそうにカイルが呟きながらも、さきほどから自分がつまんだ肉茎をくにくにと指先でもてあそぶ。
「駄目ですかー」
「カイル、だめ……」
 じわりと目に涙が浮かんでしまう。カイルは手の動きをやめてくれない。
「だめなんて、言わないでくださいよー」
「ああっ、や、いじわる」
「王子のがいじわるですよー」
 カイルが覆い被さってきた。耳たぶを唇に挟まれる。触られるとくすぐったいが、カイルに唇をあてられたり、息を吹きかけられたり、舌で舐められたりすると、耳たぶから、背中、腰へと震えが下りてきてしまう。一緒に肉茎まで触られると、目の前が真っ赤になり、カイルにすがりつくことしかできない。
 カイルはファルーシュにしがみつかれて、さきほどまでの悲しそうな顔を一転、口元をゆるませた。
 舌を耳に差し込み、なめ回す。薄い耳たぶに軽く歯を立て、その痛みを消すかのように唇でなぞり、王子、と低い声で呼んでやる。
「さっきもしたのに……」
「いいんですよー。気持ちいいことは、いーっぱいしないと」
 ファルーシュに触れるときのカイルは、ひたすらに優しい。じっくりと追いつめるときもあるし、すぐに達せるように指先を動かすこともある。
 今日は、もう何度も射精させているので、なるべく長く快感を与えるようにする。肉茎からは一度、手を離し、睾丸をやわやわと揉んでやる。皮を引っ張り、指先でふにふにと撫でる。
 ファルーシュは、もうだめとは言わず、カイルの愛撫を目を閉じ、従順に受け止めている。淡い陰毛をそっと引っ張り、刺激を与えてから、肉茎へ指を伸ばす。
 すでに張りつめているその先端を指先で撫でる。こうして、可愛がるたびに、カイルはファルーシュの皮をそっと引っ張って、剥いてやっていた。茎の部分よりももう少し色味の濃い先端がのぞく。最初に比べれば、だいぶ、剥けてきているなと指先を器用に扱いながらカイルは思ったが、突然、ファルーシュがびくっと体をすくめた。
「あっ、ごめんなさい、痛かったですね」
「ううん、大丈夫」
 首を振るファルーシュが可愛くて、つむじにも、耳にも頬にも唇を押しあてる。脇腹と胸を撫でさすり、尖った乳首を指の腹で挟んで、揉んでやると、そこから快楽を得ることを覚えたファルーシュの体が素直に、それに応えた。少しちぢこまっていた肉茎が、またカイルの愛撫を求めるように、伸び上がってくる。
 赤く充血してきた亀頭をつまんで、擦る。何度か、そうしていると先端から先走り液が滲み出て、カイルの指を濡らし始めた。くちゅりとぬめりを帯びた水音に、ファルーシュはうつむいて、首を振る。
 時に湖とも河とも讃えられる青い瞳からは、流れを掬い取ったかのような涙がこぼれた。
「王子のおめめもこっちも、泣いてますねー」
 快楽に関して、ファルーシュの涙腺はゆるい。
 こめかみやうなじ、耳たぶを吸い、カイルは擦り上げる動きを激しくした。
「だめっ、カイル……」
 語尾が少し伸びた甘え声は、射精の時でなければ聞けない。
「だめじゃなくて、いい、でしょうー?」
 指の動きを止めると、ファルーシュが涙をこぼしながらうなずく。
「うん……」
「いいときはいいって言ってくれないと、俺だって何も分からないですからねー」
 笑顔で嘘をつき、カイルは低い声で王子に訊ねた。
「今、気持ちいいですか?」
「うん、いい……すごく、気持ちいい」
「はい、上手に言えました」
 よしよしと鈴口を撫でてやる。カリの部分も同時に傷つけないように刺激を与えてやる。
「あっ、だ……きもち、いい」
 だめ、と言いかけたファルーシュが首を振って、言葉を変える。
 カイルにすがる手に力がどんどんこもっていく。カイルは手の動きを早くした。
「カイル――カイル!」
 ファルーシュが名前を呼んで、一度、大きく震えた。手の中に精液が散る。
 こぼれたファルーシュの涙を舌で舐めて、カイルは射精を終えたファルーシュの肉茎を下から上へ優しく撫でて、先端に溜まった残りの精液を絞ってやる。
 用意していた濡れた布で手のひらを拭き、その裏側で、ファルーシュの肉茎を丁寧にぬぐった。カイルが手のひらで精液のほとんどを受け止めていたので、そう汚れてはいないが、ファルーシュの体に触れることが楽しいので、カイルはうきうきと、まだ小さな肉茎の形を確かめるように布で拭きあげた。
 このまましゃぶって舌先で舐って、またあの泣き顔を見たい。けれど、もっと、もっと望んでいることがある。
「王子――」
 甘えるように言ってみた。
 とろんとしたファルーシュの目がカイルに向けられ、ついで、その足の間にも向く。余韻の艶めいた表情が強張った。
 さきほどよりもまた、カイルの陽根は怒張していた。
 うなずきたいのに、どうしてもできない。
「やっぱり……無理、かも」
 声が固くなってしまう。
「うう……。駄目ですか?」
「……ごめんね」
 カイルを見上げながら言うと、カイルの顔は一瞬、情けなさそうに目尻を下げたが、すぐににっこり笑った。
「わかりました」
「ほんとにごめんね」
 ファルーシュの目がじわりと潤む。本当はうなずきたい。けれど、本能的な恐れの方が大きくて、どうしてもそうできない。カイルは自分を悦ばせてくれるのに、ファルーシュはカイルを悦ばせられないのだ。
「ごめんね、カイル……」
 情けないやら悲しいやらで、ファルーシュの顔が、泣きそうになる。カイルは首を振った。
「いいですよー。気にしないでください。ゆっくり行きましょうって言ったの俺ですもん」
 内心は男泣き、というよりも、乙女泣きでしくしくと涙をこぼすカイルだが、かわいいかわいいかわいいファルーシュが、まだ恐いというなら、待つ。待って待って、私待つわいつまでも待つわの心意気である。
 本当は、通貨にたとえるなら、三ポッチほどは、このまま組み敷いて、やや強引に事を進めてしまおうか、などと考えているのだが。
 実際、事を起こしても、ファルーシュは拒まない確信がカイルにはある。あるからこそ、出来ない。
 幸い、ファルーシュの裸体は目にしっかり焼きつけている。腕の中で震えていた姿もばっちりだ。後は、厠に駆け込むだけ、である。
「じゃ、王子、俺、ちょっと失礼しますね」
 そそくさと服をかき集めながら、カイルは寝台から足を下ろした。
「えっ」
 ファルーシュが意外そうに顔を上げる。
 カイルにしてみれば、ファルーシュの驚きこそ意外だ。ファルーシュと十近く年齢差があるとはいえ、カイルとて二十四歳。性欲を理性で押し殺すには、まだ若過ぎる。年にしては多かった女性経験が、なんとか堰にはなっているが、ファルーシュに触れているときや、その後はどうにも滾って仕方がない。
 時間が過ぎても収まらないのは分かっているので、王子に断って厠にこもり、何度か抜いてやる。
 さきほどまで触れていたファルーシュの肌の感触や表情、息づかいや声を思い出しながら、陽根を擦り上げて、射精をうながす。
 正直、自分の手で達した後や、その臭いを嗅ぎながら、懐紙で手や陽根を拭っているときほど、味気ない時間はない。いつになったら王子の中に入れるんだろうなあ我が息子よと下着を上げながら思ってしまう。
 待つのは苦ではない。だが、いったん、このような形で手を出してしまうと煩悩はつのるばかりで、触るくらいならと甘く考えていた自分を今更ながらに罵ってもみるが、後悔先に立たずであった。
 ファルーシュの視線にたじろぎながらもカイルは、ぼそぼそと言った。
「このままだと収まりがつかないんで、一度、処理させてもらおうかなーって……」
 ファルーシュの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「……えーっと、いつも、終わった後は、俺、そうさせて頂いてますよねー?」
「してるけど、今日はだめ」
 幾分、強い調子でファルーシュは首を振った。
「あの、王子、俺、ほんとーに苦しいんですよー。もう、無茶苦茶に元気で一晩中でも大丈夫なくらいの勢いですから、ここは一つ、楽にしてやらないと」
「だめ。ここにいて……?」
 本当にまずい。カイルはさり気なく、服で前を隠した。服も纏わず、全裸で寝台に四つんばいのような姿勢の上に上目遣いの、お願い口調だ。
 ああ、ヤりたい。半ば、性欲に下半身どころか上半身も乗っ取られつつあるカイルは、普段は押さえている欲情を剥き出しにした視線で、ファルーシュを眺めた。
 さすがにその視線には慣れていないファルーシュは、幾分、怯えた顔になったが、寝台にきちんと座り直した。もちろん全裸で。まったくもってカイルには目の毒である。
 とはいうもののカイルも自分の衣服で股間を隠した素っ裸なので、王子にも目の毒ではある。
「――カイル」
「はい」
「その……まだカイルの大きいのを受け入れるのは、恐いんだけど……」
 ファルーシュはそこで一度、うつむいた。ちょっともじもじしている。頬や耳朶がほんのりと赤いのを見て、うれしがりもっと見たいと伸び上がる分身にカイルは必死に落ち着けと言い聞かせた。気分は拷問だ。
 だが、次の瞬間、思わぬ救いの神が光臨する。
「あの――僕も、カイルのに触ってもいい?」
「へ」
 間の抜けた返事だったが、ファルーシュは慌てたように首を振った。
「だ、だめだったら、いいから」
 我に返ったカイルの方も慌てて、王子に詰め寄った。手に持った服は放り出し、王子の側に膝をついて、手を握る。
「駄目なわけないじゃないですかー! でも、いいんですか?」
「だって、ここで慣れてたら、今度こそ、恐くないと思うし……」
「王子!」
 カイルに力一杯抱きしめられ、ファルーシュの息は止まりそうになる。
「王子、王子、もう! 大好きです!」
「カイル」
「ああ、俺、ものすごい幸せ者だー!」
「カイルってば」
「はい、なんでしょう」
 満面の笑みで見下ろしたカイルは、ファルーシュの赤らんだ頬に気づいた。
「あの、あたってるから……」
「わあ、すみませーん」
 とはいいつつも、離れずに、ファルーシュを腕に抱いたまま、カイルは幸福そのものといった横顔で息を吐いた。ファルーシュが触ってくれるのだ。とても嬉しい。夢じゃなかろうかと確かめるために、ぐいぐいと顔をファルーシュのつむじに擦りつけてみた。
 ぽやぽやした感触の髪が、カイルの肌をくすぐる。夢のような感触だが、夢ではない。カイルは満面の笑みを浮かべた。
「もう、王子の好きにしちゃってくださいねー」
 寝台に改めて、座り直し、カイルはそう言った。
 そんなことを言われても、カイルがつまむようには、とてもではないが、できない。
 持ち主のわくわくする心を象徴する陽根に、ファルーシュは震える息を漏らした。やはり、見ていると、なぜか喉が渇いたようになる。唾を飲み込んで、そろそろと指を伸ばした。
 カイルのようにうまく出来ないのは、分かっている。しかし、習うより慣れろだ。何事もやってみなければ始まらない。
 手を伸ばす。人差し指だけで触れると、ひどく熱いような気がしたが、他に指も一緒にしてそっと握ってみると、案外、生温かいものだ。
 カイルがふうっと小さくため息をつく。
 少し固かった陽根が張りつめ出す。ぐいぐいと手のひらを押し返すような動きに、ファルーシュがびっくりしていると、カイルが耳元で笑うような声を上げた。
「笑っちゃだめ」
「笑ってませんよー」
 カイルの顔を見るのが恥ずかしいので、確かめられない。でも、絶対に笑ったはずだ。
 悔しくて、今度は強めに擦り上げてやる。
「うっ」
 カイルが呻く。
「王子、もっと優しく……。これ、取り替えはできないんですよー」
「ご、ごめんね」
 根本をそうっと握る。カイルがいつも手でしてくれるときの感覚を思い出し、先へと手を滑らせていく。先端と茎の境目のくびれに指がさしかかると、カイルがくっと短い声を上げた。
 そこをゆっくり撫でると、耳元で聞こえるカイルの息づかいが少し荒くなった。
 左手も添えて、くびれと先端を同時になで上げると、カイルが喉の奥で小さく呻いた。
 聞いたことのない響きを持った声に、ファルーシュはそっとカイルの顔を盗み見た。
 いつも笑って、くるくる表情が変わるカイルだが、今は、戦いの時に見せるのにも似た厳しい、引き締まった表情だ。上気した頬に幾筋かの髪が乱れて張りついている。
 ぐっと眉間に皺を寄せているのが、見たことがないくらい男臭い表情に思えた。
 見ていると、鼓動が早くなり、くらくらする。
「カイル、気持ちいい?」
「いいですよー。最高」
 かすれた声に、ぞくぞくする。嬉しくなって、胸に頭を擦りつけながら、手のひらの中の陽根を撫でさする。
「カイルのね、すごく熱くて、固くなった」
 はあっとカイルが息を吐く。目眩がした。ファルーシュに言われると、ひどく興奮してしまう。いつか、もっと卑猥なことを、恥ずかしがるファルーシュに、無理矢理にでも言わせてみたい。想像したカイルの陽根は、さらに膨れあがる。
「あ、また……」
 じくじくと先走り液が溢れてくる。ファルーシュは指先で亀頭部全体に塗り広げるようにして擦る。
 両手で、カイルの陽根に奉仕しているファルーシュ。自分が仕える主人に奉仕させている背徳感と、その華奢ともいえる手で懸命にカイルに快感を与えようとしているファルーシュへの支配感が、さらに欲望を煽る。
 カイルにはファルーシュの赤く染まった耳朶や唇、目の一部しか見えないが、この少年も欲情しているのが分かった。
 ――たまらない。王子が俺のを触って興奮するなんて。カイルの息は荒くなった。
「……だめです、イきそうです」
「うん」
 赤黒く血管の浮かび上がった陽根を、ファルーシュは少し強めに擦った。
 その瞬間、カイルはファルーシュの肩に顔を埋め、かすれた低い声で呻いた。
 カイルのように慣れていないファルーシュは、精液を受け止めきれず、飛び散った体液は二人の腹、胸にまで飛び、数滴は、ファルーシュの顎や唇にまで飛んできた。
 驚いてまばたきしていると、ふうっと満足げな息をついたカイルが笑顔で、ファルーシュに顔を向けてきた。
 その笑顔が固まり、顔を凝視される。
「わあっ! すいません!」
 手を伸ばして拭こうとするので、ファルーシュは首を振り、自分で拭った。ついでに、好奇心に負けたので指先の精液を舐めてみた。
 おいしいとは言えなかった。正直に言えば、まずい。臭いも変だ。ただ、カイルのだと思うと恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な気持ちになる。
「王子、王子ー!」
 カイルがしがみついてくる。
「もー、反則です! あれ、やってもらいたくなっちゃいますよー」
「あれ?」
 よく分からないが声と表情からしてカイルは喜んでいるらしい。その笑い方が、彼がいたずらをたくらんでいたときのものに似ているので、ファルーシュは小さな不安を感じた。
 もう一度、問いただそうとしたとき、カイルがあっと声を上げた。
「王子も勃っちゃいましたね」
 カイルが目を細める。視線が自分の股間に注がれていた。ファルーシュが見てみると、確かに反応を見せ始めている。
「可愛いなあ。俺の触って、興奮しました?」
ちゅっちゅっと音を立てながら、カイルが頬や耳朶に口づけてくる、
 その通りなので、ちがうと言えず、ファルーシュはカイルの腕に顔をくっつけた。
「じゃあ、今度は一緒に気持ちよくなりましょうね」
 カイルの腕の中に抱き込まれる。
「一緒って……」
「はーい、足こっちに。もうちょっと膝、開いてくださいねー」
 あれよあれよという間に、カイルの膝に抱き上げられ、膝を開かされる。カイルの体を自分の両足で挟み込むという、隠したくとも隠せない、すべてさらけ出してしまう姿勢に、ファルーシュは恥ずかしくなった。
「カイル、あの」
 せめて膝だけでも閉じられないかと試してみたが、カイルの手ががっしり押さえて、それを許してくれない。優しいくせに、このようなところだけ、カイルはいじわるだ。
 困ってしまい、カイルの名を呼びながら、上を向いた途端に、ちゅっと唇を吸われた。左耳を指で撫でられる。ぎゅっと目を閉じてしまうと、カイルは右肩を包んで、しばらくファルーシュを抱きしめていた。
 触れ合った素肌から伝わる体温が気持ちいい。カイルに触られて気持ちよくなるのも好きだが、裸で抱き合うのも好きだ。
 肩を抱いていた手が下りて、背中をつっとなで下ろし、腰と脇腹に触れてから、太腿に置かれた。撫でられる手は、ファルーシュが羞恥を感じてしまうような手つきで、やはりカイルは大人だとそこで思うのである。
 カイルの手を追いかけていたファルーシュの視線は、当然、互いの足の間にも向いてしまう。
 カイルはファルーシュの腿を撫でながら、髪や耳に触ったり、唇をあてている。その感触を心地よく思いながらも、ファルーシュは羞恥に勝った好奇心がうながすままに、そこを見てしまうのであった。
 全然、違う。まさに大人と子どもだ。これだけの大きさを受け入れるのは、やっぱり痛いだろうなと思う。
 カイルは痛くないようにするといっているし、その通り、指だけなら痛くはない、というよりも少しずつ気持ちよくはなっているが、なにしろ指とこれでは、太さが違う。せめて、カイルのがもっともっと小さかったらいいのに、とカイルが知れば、憤慨というよりも絶句することを考え、ファルーシュは、ふうっと息をついた。
 体の中を走り回る疼きは強くも弱くもなっていない。カイルが触ってくれる気配はまだなかったが、ファルーシュの性器はカイルに言われたとおり、少し伸び上がっている。
 こうなったのもカイルが悪いんだと恥ずかしさを紛らわすようにファルーシュは思い、カイルの胸を軽く打った。
「王子、いたいですよー」
 ファルーシュ以外の者が聞いたら呆れるような、にやけた声でカイルは笑う。
「カイルが悪いんだ」
 えいえいと拳が胸に打ちつけられ、カイルの顔はさらにへらりと崩れた。
 ファルーシュの拳は痛くない。痛くはないが、カイルの心を銃弾で撃つようなものである。もちろん、弾の形はハートなのである。
「もー、痛いですってばー」
 ファルーシュの手首を掴み、カイルは顔を寄せる。
 近くなったカイルの目に、ファルーシュはおとなしくなったが、唇を少し尖らせている。
 もちろんカイルはキスをした。ついばんで、離すと、ファルーシュはなおのこと拗ねたようにうつむいた。
 カイルは親指でファルーシュの下唇を撫でる。形がいい薄い唇は、こうして触ると意外に、ふっくらしている。透けるような綺麗な桃色をしているが、今はもう少し赤みが強い。
 ファルーシュが唇を噛んだり、カイルが吸ったり噛んだりするせいで、このような時間になるとファルーシュの唇は肌と同じようにほんのりと赤みを増すのだ。
「ほんと、王子って……」
 思わず、言葉が漏れてしまう。
「僕がなに?」
 綺麗だとか可愛いというと、微妙なお年頃のファルーシュは本格的に拗ねる。というより、怒るのでカイルは頬を撫でながらほほえんだ。
「全身、どこもおいしそうですねー」
「――カイルのスケベ」
 きっとこの言葉を教えたのは、ゲオルグかロイだ。まったく俺の清らかな王子をなんだと思っているのだと、二人が知ればDクリティカルが乱れ飛びそうなことを考えたが、今はファルーシュに反論しなければいけない。
「王子! 男がスケベじゃなきゃ人類は滅びますっ! だから、俺のスケベは正しいスケベなんです!」
 あまりに堂々と宣言されて、ファルーシュは言葉を失った。
「それに、どっちがスケベなんですかー」
 どっちがといえばカイルの方に決まっている――いるのだが。
「ここ、またこんなにして。あーあ、元気だなあ」
 伸びてきたカイルの指に、くにゅくにゅされれば、反論などできないのである。
「カイル……」
 カイルがさらにファルーシュの腰を抱き寄せた。密着した体に、カイルの陽根があたる。
「王子」
 耳元に低い声が忍び込んでくる。
「もう一回、俺のを触ってください」
 いつもの口調に混じる、どこか命じるような響きに、ファルーシュの体の奥が疼いた。
 手を伸ばし、まだうなだれている陽根を両手で持ち上げる。
 カイルもファルーシュの肉茎を片手で包み、ゆっくり撫で上げた。ああとファルーシュが甘く呻く。カイルに触れる手の動きが疎かになってしまうのは仕方ないだろう。
 それを目を細めて見守っていたカイルは、自分の根本を握り、囁いた。
「くっつけますよ」
「え――ひ、あっ」
 カイルが言い終えると同時に、大きさは異なるが、性器同士が先端から触れあい、密着する。見る間にカイルの陽根が固く、張りつめる。その変化を、目の当たりにした上に、その変化を自分の肉茎でも感じ、ファルーシュは今まで味わったことのない羞恥と興奮に混乱した。
「あっ、カイル、や、これ……」
「いや、じゃないでしょー」
 やや低く、掠れがちな声で、カイルは笑う。
「だって、だって――ああっ」
 指とも舌とも違う感触が伝わってくる。それは、やわくもあれば固く、何より、熱い。首を振ると、躯が揺れて、ぬめりを帯びた先端がくちゅりと音を立てながら、互いを刺激しあう。
 あえぎ乱れるファルーシュの姿に、自身をなお、昂ぶらせながらも、カイルはファルーシュの尻に手を当て、そっと滑らせていく。
 奥のすぼまりに指先をそっと忍び込ませる。ファルーシュを見たが、カイルの肩口に頬を当て、半分瞼を閉じ、舌先をのぞかせる陶酔の表情を浮かべているだけだ。上気した頬と、ことに紅でも引いたかのように赤くなった目尻が、ひどくなまめかしい。
「カイル、あっ、後ろ、は」
「ほら、王子はこっちを触ってなきゃだめです」
「あ、あ」
 ファルーシュがカイルに抱きついてくれているので、片手は自分の陽根との愛撫に、片手はファルーシュの後孔をほぐすのに使えた。
 指でも口でもない性器同士が触れ合う感覚に、ファルーシュはひどく興奮しているようだった。カイルの名を幾度も呼んでは、甘えるように首を振る。そのたびに、カイルの肩や胸をファルーシュの髪がくすぐった。
 ふわふわと目の下で揺れる銀の髪を、羞じらいと快楽に染まるほの白い顔を、カイルはうっとりと眺めた。
 後ろの方で達する悦びを与えようと思ったが、今の状態にさらに、快感を加えると、ファルーシュの躯では受け止めきれないだろう。男としての欲望は、そのように乱れきったファルーシュを見たいという方に傾きかけたが、カイルは後孔を愛撫していた指を抜いた。
 まとわりついてくるような締め付けがたまらないが、この肢体を一度に食い尽くすようなことはしたくない。ゆっくりと味わうに限る。
 耳朶をなめ回し、耳孔にも舌を差し込む。落ちてきた涙を啜り、瞼を舌でなぞる。こんなときでなければ、聞かせてくれない甘えた声に聞き惚れながらも、その唇を覆う。
 互いの先端から、先走り液が溢れて、触れ合うたびに、ぬちゃりと粘りのある音が生まれる。カイルが己の先端で、ファルーシュの先端をつつくと、ファルーシュがひくりと息を呑んだ。
 激しく上下させる胸や、張りつめた腿の内側の様子から見れば、あとわずかで達してしまうのは明らかだった。
 大きく膨れて、亀頭が充血した王子の肉茎に手を伸ばす。最後は指先で細やかな愛撫を与えて自分の手でファルーシュを達させるのがいい。
 カイルの指先が触れると、ファルーシュは喉をそらせたが、すぐにその手を拒もうとした。
「いやなんですかー?」
 ちがうちがうとファルーシュは首を振った。
「僕だけじゃなくて……カイルも」
 危うく、カイルの方が先に達してしまうところだった。
「……そんなかわいいこと言うと、頭から食べちゃいますよー」
 愛撫している手を止めて、カイルは呟いた。
 今にも弾けそうなファルーシュだ。数回、擦り上げれば、精を漏らしてしまうだろう。
 一緒に、と言っているのだから、その願いは是非、叶えてやらねばならぬ。
 ファルーシュの手に己の陽根を改めて、握らせる。
 たくましく怒張した陽根に恐れおののくかのように、ファルーシュの指が震えた。
「擦ってください」
 優しい声にファルーシュは素直に従う。
 その指の動きは拙く、愛撫だけで、満足することはない。だが、拙さと、己の快感を堪えて、恋人に奉仕するその姿が、カイルを煽る。この人は何も知らない。これからも、自分がすべて教えていく。何もかも、自分のものなのだ。
 膨れあがるカイルの陽根に、ファルーシュの息が荒くなる。カイルの手の中の肉茎は悦びへの期待で、たらたらとさらに濡れている。
 うっすらと汗の浮かぶ額や、潤みきっている瞼に口づけると、ファルーシュが小さく声を上げた。
 カイルは指を伸ばして、ファルーシュと己の性器の先端をくっつけ、擦りつけ合うようにした。ぐちゅりと濡れた音と共に、快感が腰から湧き上がる。
「――カイルっ!」
 ファルーシュが悲鳴のように叫んで、精を放つ。同時にカイルも達していた。
 互いの腹に飛んだ精液はどちらのとも分からない。
 はあはあと二人して、荒い息をつき、動くのも億劫で、しばらく抱き合っていた。
 やがて、呼吸が整ったのか、はあっとファルーシュは息をついた。唇をついばみ、カイルは片手を伸ばして、さきほど使った布を取った。
 自分の手のひらを拭いてから、ファルーシュの手を取る。指の間にも飛んでいた精液を拭き取り、綺麗にしてやる。
 手のひらは昔ほど柔らかくはなく、三節根を握り続けて出来た固い豆がある。王子と呼ばれる人の手は、戦士の手になり、それを哀しくも愛しく思うのだ。
「ありがとう」
 礼を言うファルーシュににっこり笑う。
「少しは恐くなくなりましたかー?」
「うん……」
「よかった、よかった」
 カイルはファルーシュを抱き直した。
「俺も王子と一緒に気持ちよくなれて、よかったです」
「ほんと?」
「本当です。またお願いしてもいいですかー?」
 ファルーシュは赤くなった。少しの沈黙が続いたが、恥ずかしそうにうなずいてくれた。
 心で万歳三唱して、カイルはファルーシュにほほえみかけた。
 大切な、愛しい、大事な、可愛いファルーシュ。彼のためなら何でもしよう。彼が喜ぶのなら、すべてを捧げよう。
 厳粛とさえいえる思いで、ほほえみかえしてくれたファルーシュにカイルは口づけた。



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