その声を聞いたのも偶然なら、姿を見かけたのも偶然で、ロイにとっては、間の悪さが重なってしまったようなものだった。
堪えようとしてもこぼれる苦しげな息づかいと声は、情事の最中のそれらしかった。
もうちょっとわかりにくい場所を選んで盛れよ、と突っ込みつつも、出歯亀する気になったのは、男の方が『あの』ゲオルグ・プライムであったからだ。
彼は間違いなくこの城の幹部階級にありながらも、隠密行動が主で、滅多に帰城しない。影で軍師殿が指示を与えているとは聞いたが、ともかく、ロイにはそこまで親しい相手ではない。
知っているのは、軍の統帥者であるファルーシュが深い信頼を寄せていること、おそらくこの軍どころか、世界でも五指には入るのではないかという優れた技量の剣士だということ、それくらいか。
饒舌ではないが言葉は的確であるし、雰囲気から頼りがいもあれば、包容力もある男なのは分かる。戦場で背中を預けるにふさわしい男だった。
そんな男が屋外で情事に耽っているのだ。興味を抱かずにはいられまい。
ロイがいる辺りからは、ゲオルグの後ろ姿しか見えない。大柄な男なだけあり、その背中は広いが、肩の向こうに、ちらりと見えたのは銀色の髪だった。
正直、ロイにはあのような色の髪の持ち主は一人しか浮かばないのだが、世の中は広い。この近辺の町や軍の中には、銀色の髪の女がいるのかもしれない。そう考え、気配を隠し、そろそろと繁みの中を移動した。
そうして、ほぼ正面に位置する茂みの向こうで、ふたたび、二人を視界に入れたロイは、思わず、声を漏らしそうになった。
ちょっと待て。ちょっと待てったら、ちょっと待て。混乱しそうな自分の脳内を必死に落ち着かせる。
まず、ゲオルグに抱かれているのは女でない。男だった。なぜ分かるかといえば、ロイが二人のほぼ正面が見える位置に移動してしまったからで、ここからだと、色々なものがはっきりばっちり見えてしまうのだ。それはもう、濡れたいやらしい擬音つきで。
そして、ゲオルグの腕の中の男は、ロイが知る唯一の銀髪の持ち主だ。つまり、ファルーシュである。
ちょっと待て待て、ちょっと待て。ふたたび、混線し始めた意識を整理する。
ファルーシュというのはここファレナの王子である。現在、憎きゴドヴィン家の手から国と妹を取り戻すべく軍を率いている若き総帥で、顔かたちや背格好が似ているという点から、ロイが影武者を務めている相手でもある。
絶世の美女だったという母女王に酷似した容姿で、物腰穏やか、穏和な笑みに気品を漂わせ、一見すればお飾り的な立場に甘んじている風にも見えるのだが、これで中身は、案外、男らしく、凛々しい。
ロイにしてみれば、リオンのこともあり、微妙かつ複雑な感情を抱かずにはいられないのだが、どれだけ突っかかろうとも、ファルーシュはほわんとした笑みで応じるし、騙そうとすれば、ロイの意図にも気づかず、騙されっぱなしであるし、ばれれば、ファルーシュではなくリオンに怒られるしで、余り良いことはない。
だからといって、ファルーシュを嫌いな訳ではない。王子様で祖国と妹を取り戻そうとしているという立場の相手に対し、元山賊の下町育ちのロイはどう接していいのかよく掴めないだけだ。
しかし、このような状況を見れば、更に分からなくなる。
男の胸に顔を寄せ、目を閉じるファルーシュの顔は、今までに見たことがない、甘えと恥ずかしさと悦びとが入り交じった、蠱惑的な表情を浮かべていた。いつもにこにこ笑っているだけの王子からは想像がつかない。
背後から抱かれているファルーシュは、ほぼ裸体といってよく、二人の周囲にはファルーシュの首に巻く布や胸当てや腰当て、帯やサンダルが散らばっている。
ゲオルグの方は着衣を乱しておらず、前だけをくつろげた状態だ。草の上に胡座をかき、膝にファルーシュを乗せている。
すでにその小さな後孔には、男の欲望が突き立てられていて、ファルーシュは自らとも、また男に揺らされているともつかない、動きで、腰を揺らめかせていた。そのたびに、淫猥にも醜悪にもうつる赤黒い肉の一部が、見え隠れしていた。
そればかりか、ファルーシュの両膝は、思い切り、開かされていて、その恥部にはゲオルグの手が置かれていた。指が動くたび、ファルーシュの唇から、聞いたことのない甘やかな呻きが漏れる。いやいやと首を振るその仕草は、だだをこねる子どものように見えながら、もっと艶めいて、ロイは我知らず、ごくりと唾を飲み込んでいた。
ゲオルグの指は太く長く、それが絡んでいる王子の肉茎は小さく見える。男の指に絶えず、いじられているため、先が赤く充血し、てらてらと濡れ光っている。まだ子どものような幼さが残る、ロイのものよりも幾らか小さい性器が、雄としての反応を示しているのは、ひどく淫らに思えた。
ゲオルグの指は肉茎をいじりながら、その隣で揺れる二つの陰嚢にも愛撫を加えている。
「ひ、や……」
言葉をほとんどなさず、ファルーシュの唇からは、あえぎ声が絶え間なく、漏れ出て、濡れ光る唇は、その合間に、男の名を呼ぶ。
「あっあっ、ゲオルグっ……」
ゲオルグの唇が笑っている。目を細め、王子を眺めやるその眼差しは愛しげだった。
「どうした。もう、イきそうか」
そう言いながらも、ゲオルグの指は、ファルーシュの陰茎の根本を締めつけて、達することを許しはしていない。
ファルーシュはかぶりを振った。
「ん?」
「だって……」
甘く濡れるファルーシュの唇が切なげに歪められる。
「どうした、言ってみろ」
ファルーシュがまた首を振る。乱れた三つ編みからこぼれた髪が幾筋か、頬や首に張りついて、なまめかしい。
「いじわる」
「何がいじわるなんだ」
「指、が」
「指がどうした」
「いじわる」
ファルーシュは甘えるようにいやいやと首を振った。拗ねながらも、男に身をゆだねきっている素直さがうかがえて、濡れた目尻からは匂うような色香が立ち上る。
「いじわると言われてもな。指だけではわからん」
「指を……離して、欲しい」
ファルーシュの睫毛がしばたいて、雫がこぼれる。
「どの指だ?」
「ゲオルグっ」
赤く濡れた唇が、耐えかねたように震え、男の名を恨めしげに呼ぶ。
「この指か」
「あっ」
親指が亀頭をくりっと撫でる。ファルーシュの躯が揺れて、後孔が男をいっそうきつく呑み込む。
「やっ」
「ああ、違うのか」
ゲオルグが指を離し、根本をふたたび締めつける。ただ押さえるだけでなく、やわやわと動かして、ゆるい刺激を与えていた。
ファルーシュの唇から、ちろりと紅い舌がのぞいた。
「親指、と、人差し指……」
「そういわれても」
ゲオルグが困ったなとささやく。そのままファルーシュの耳を噛んだ。分厚い舌が、耳をちろちろと舐め上げている。そこもまた性器であるかのように、ファルーシュは喘いで、大きく肩を揺らした。
「どこを触っている親指と人差し指だ? ファルーシュ、言わないと分からないぞ」
ファルーシュが口を小さく動かした。
「聞こえん」
男の唇は、その言葉を言わせる快楽に笑んでいた。
ファルーシュが請うような、しかし、屈することを悦ぶような響きを持つ声で、言う。
「……お、おちんちん、触ってる、ゆび……」
我知らず、ロイは唾を飲み込んでいた。ここまで乱れても、気品を残すファルーシュの口から、そのような言葉が漏れるのは、あまりに卑猥だ。
ゲオルグが満足げな笑みを浮かべて、締めつけていた指をゆるめる。
彼が軽く腰を動かすと、ファルーシュは喉を見せたが、唇を噛んで、達するのを堪えている。
「ん、どうした?」
ゲオルグがいぶかしげに訊ねると、ファルーシュは小声で呟いた。
「ゲオルグ……一緒に」
ゲオルグの目が欲情に強く光り、唇がさらなる満足の笑みを浮かべる。
ファルーシュの腰を掴み、そのまま前へと引き倒した。
「ひっ」
ファルーシュが悲鳴じみた嬌声を上げる。
ファルーシュにぴったりとくっついていたゲオルグの腰が離れた。今まで、ファルーシュの内部に埋め込まれていた男根が露わになる。黒々とした繁みとそこから隆起する肉の力強さと大きさに、ロイはたじろいだ。
腰を突き出す体勢になったファルーシュの背後からゲオルグは覆い被さり、今まで支配していた後孔へとふたたび、肉を突き刺す。
ファルーシュの唇から声が漏れるが、それは苦痛のそれでなく、悦びの声だ。
「ああっ、ゲオルグ……」
後は声にならない甘い呻きになるばかりだ。
ゲオルグの手が、ファルーシュの股間にあてられる。
「や、んっ」
どこをどう嬲られたのか。体を支えきれなくなったらしいファルーシュの手が、がくりと折れる。上体が崩れて、腰だけがゲオルグに突き出された。男が腰を打ちつけるたびに、ファルーシュの腰も揺れて、肉のぶつかり合う音と男根の抜き差しされるぐちゅぐちゅという音が生まれる。
「そんな、風に、しないでっ」
「だめなのか?」
前後にファルーシュを責めていたゲオルグが、腰の動きを止めた。
「あ、いやっ、ゲオルグっ……」
ファルーシュが恨めしげに声を上げる。
「おねがい……」
これも焦らすかと思いきや、ゲオルグはファルーシュのねだるままに、ふたたび、腰を進めた。細腰を力強く両手で掴み、激しく突き立て、ファルーシュに嬌声を上げさせる。
「あっ、だめ、もう、ぼく、いっぱい、きてる……!」
叫びがかすれて、消えていく。
体が一度、強張った後、ゆっくりと弛緩していく。
「ファルーシュ」
ゲオルグがひときわ低く、熱っぽい声で名を呼んだ。彼の腰の動きが止まる。かすかに歪んだ唇が、彼の味わう快楽を示していた。
「あ、ゲオルグの、いっぱい……」
ファルーシュが甘く呟く。ロイは無意識に股間を押さえていた。
達したゲオルグは、ふっと短いが、満足げな息を漏らした。
「――抜くぞ」
ゲオルグは言って、腰を引いた。
精を吹き出したばかりの男根を懐から出した懐紙でぬぐい、ズボンへとおさめる。
ファルーシュは肩で大きく喘いでいたが、腕を震わせながら、なんとか上半身を起こしていた。四つんばいになった彼の白い腿に、一筋二筋、白濁した流れが伝っている。
ゲオルグは慣れたように、ファルーシュを己の方へむき直させると、懐紙で、足の間を拭う。指がどのように動き、どこに触れたものか、ファルーシュの横顔が切なく、震える。
それを終えると、ゲオルグは膝を立てて、ファルーシュに微笑した。
「すぐに戻るから、ここで待ってろ」
「うん」
ファルーシュは見たこともないような、溶け入るような笑みを浮かべた。
その体に己の上着をかけて、ゲオルグは、上半身は裸のまま、剣だけを携えて、こちらにやってきた。まずいと思ったが、下手に逃げ出しては、かえって男に見咎められるだろう。ロイは息を潜め、繁みの中に隠れていた。
いったん、遠ざかったと思われたゲオルグだったのだが、それこそ、気配もなく、繁みがかき分けられた。
「なっ!」
金色の目が自分を捉えている。
「ああ、お前だったのか」
ぎょっと腰を浮かせたロイに、ゲオルグは別に驚く様子もなく、声をかける。
「……俺がいたの、気づいてたのかよ」
「気づくさ」
ロイはまじまじとゲオルグを眺めた。
知っていて、続けたのか。ゲオルグは飄々とした顔でロイの視線を受け止めている。
たくましい体躯は、汗でしっとりと濡れて、古傷が浮かび上がっている。身動きするたびに惚れ惚れするような筋肉の線が見えて、見事な肉体というほかない。
ロイだって、ひょろりとしている訳ではないし、細身だが、筋肉はしっかりついている。だが、この男の圧倒的な力強さの前では、沈黙するしかない。
ゲオルグの視線がロイの股間に注がれる。笑った口元が、若いな、と語っている。
うるせえと口の中でだけ呟いた。こちとら、まだまだ十代だ。若いのだ。ヤりたい盛りだ。それなのに、あのような濃厚な情事を見せつけられて、勃起しない方がおかしい。
いつもどこかぽわんとした、そのくせ、ひとたび事が起これば、凛々しい横顔を見せるファルーシュが、あれほどにとろけるような甘い、陶酔の表情を浮かべるなどとは知らなかった。あの悩ましいまでの表情が脳裏にこびりついている。
春画も見てきたし、他人の情事を見たことだってある。だが、今まで見聞きしていたその手の知識が、吹き飛んでしまう位に、ファルーシュの痴態は凄まじいものだった。いやらしくて、淫らで、そのくせ、可愛らしく、美しく見えた。欲情に濡れた顔や、懇願し、卑猥な言葉を囁く声、激しく震える体が目の前にちらついて消えない。
黙り込むロイに、ゲオルグがからかうように言う。
「空想でならいいが、現実には手を出すなよ」
ゲオルグは言って、ロイににやりと歯を見せると、背中を向けた。
充実しきった分厚い背中には、前面ほどの傷はない。だが、やはり、ロイの視線も言葉も跳ね返すような圧倒的なものがあった。
「へっ、いつもいねえくせして、よく言うよ」
聞こえぬように呟いて、ロイはとりあえず、場所を変えることにした。厠でもどこでもいいから、とりあえず、この十代少年の若さを主張をするものを解放してやらねばならない。
「くそっ」
突っ張る前の痛みに耐えつつ、前屈みで移動する。情けないやら悔しいやら、腹が立つやらで、よく分からない。
きっとゲオルグは今頃、ファルーシュの元へ戻り、何やら睦言を囁いているのだろう。
それを思うと、羨ましいような、悔しいような、奇妙な気持ちになった。
あの男から、王子を奪えたらどれだけ、この胸のもやもやがすっきりするだろう。この腕で、王子を抱いてみれば、どれだけ、嬉しいだろう。
湧き上がってくるもやもやしたこの感情を振り払おうと、激しく、首を振りながら、ロイは厠を目指すのだった。