はぐれたきっかけは、ナゾノクサだった。ひょいと草むらから姿を見せた後、あわててまた草むらに引っ込んだナゾノクサがやけに可愛くて、サトシは思わず草をかき分けて、
どこへ行くのか行方を確かめようとしたのだ。
「あ、待てよ」
ひょこひょこと駆けていく。頭の草がふわふわ揺れて、遠ざかっていく。なんだかサトシを誘うように動いていた。
――ほんのちょっとだけ、そう思ってサトシはナゾノクサの後を追った。
だから、そろそろ休憩しようかとカスミやタケシが振り返ったとき、サトシの姿は森のどこにも見あたらなかったのだ。
どこに行ったのかと探し回るタケシやカスミ、なかでも一番大きく叫んでいたのはもちろんピカチュウだ。森の中にサトシを呼ぶ声がこだましたが、サトシは見つからなかった。
まさかナゾノクサの後を追っていく内に、どんどん森の中に入り込み、挙げ句の果てにナゾノクサを見失い、帰り道も分からなくなってしまった――そんなことになるとは、まったく思わなかったサトシである。
どこを見ても同じような木が立ち並ぶ森の中、サトシは立ちつくしていた。
「ど、どうしよう……」
とりあえず歩いてみた。余計に迷い、サトシは頭を抱える。
「ああ、もうっ! どこなんだよ、ここ!」
「どこって森の中だろ」
突然、背後から聞こえた声にサトシは振り向いた。
「やあ、偶然だね」
「シゲル?」
現れたのはシゲルだった。肩に荷物を担いで、笑っている。
「聞き覚えがある声がしたと思ったら、まさかサトシとはな」
どうしてシゲルがここに、と言いかけてサトシは口をつぐんだ。どうせここら辺のポケモンをゲットしていたにちがいない。
サトシを見て、シゲルがいささか意地悪な笑みを浮かべた。
「道に迷ったんだろ」
「う……」
「あいかわらずだね」
「うるさいやいっ」
「送っていってやろうか?」
「一人で戻れるからいいよ!」
サトシは歩き出し駆けたが、ふと立ち止まりシゲルに聞いてみた。
「なあ、この辺にナゾノクサが来なかったか?」
「ん――ああ……」
謎めいた口調でシゲルは肩をすくめ、荷物を地面に置いた。
「なあ、まだあのタケシってやつと旅してるのか?」
「そうだよ」
妙な質問に面食らいつつ、サトシは答えた。
「ふうん……」
シゲルは眉をひそめ、サトシに近づいた。
「なんだよ?」
「ちょっと確かめさせてくれ」
「え、うわっ!」
いきなりシャツの裾をズボンから引き出されて、サトシは仰け反った。
「なにするんだよ!」
シゲルの手をはたくが、一向に気にする様子もない。木の幹にサトシの体を押しつけて、シャツを胸が露わになるくらいにまでたくし上げる。
「寒いって!」
しっかり幹に押しつけられてサトシはもがいた。いつの間にこんなに力が強くなったのだろう。
シゲルはじっくりサトシの上半身を眺めていたが、やがて微笑した。
「ここには変な痕は残ってないな」
「なんなんだよ、それは!」
「浮気してないか、調べているだけだ」
「ちょ……」
サトシにキスして叫びを封じ込めてから、シゲルはサトシのズボンのベルトに手をかけるとあっさりそれを外した。
ちょっと手を使うと、すぐにズボンが下着ごと足下に落ちる。
「こっちは、どうかな」
楽しそうにサトシの下半身に手を這わせて、シゲルはささやいた。
「僕以外のやつにこんなことさせてないだろうね?」
「あっ、触んな……」
どうしようもないところにシゲルの手が触れてきて、サトシは体を震わせた。
「まだ早いかな?」
あまり反応を示していないので、シゲルはサトシの胸に噛みついたり、指先でいじくったりと、好き放題な動きを見せる。
「シ、ゲル……やだよ……」
サトシがいやいやをした。久しぶりのせいか、いつもよりも抵抗が長い。いつもならこの時点でシゲルにしっかり腕をまわしてくるのだが。
(やっぱり逢わないと、ダメだな)
そう思ったが、抗う相手を解きほぐしていくというのにも気をそそられる。
「やだって、サトシ。やっぱり他のやつと仲良くしてるんじゃないか?」
指先でひっかくような動きを見せると、サトシが声を上げた。痛みの中にそろそろ快感が混じり出す頃だ。
「なあ、どうなんだ?」
今にもしゃがみ込みそうなサトシを無理矢理立たせて、シゲルは耳元に息を吹き込んだ。
「シゲル……」
サトシが泣きそうな顔でシゲルを見上げる。シゲルの心がぐらりと揺らめくが、まだまだ楽しみたい。
「やましいことがあるから、そんなに抵抗するんだろ?」
「ちが……あっ」
片手で何度も胸を探ると、サトシはシゲルにもたれかかってきた。呼吸も荒く、足下が危なっかしい。
サトシをしっかり支えつつも、その体を探ることは止めないシゲルだったが、間近でサトシの上気した頬と、潤んできた目、それに少し開かれた口元を見ると、体が熱くなってくる。
(いつもこんな風だったら――)
はっと気づく。とんでもない。こんな表情を他の人間――ポケモンにもだが――見せてたまるものか。サトシのこんな姿は自分の腕の中だけでいいのである。
ついばむようなキスをすると、ようやくサトシも応え始めた。
最初はぎこちなかったサトシのキスも、やがてシゲルの舌に絡みつく。 たっぷりその柔らかい感触を楽しんでからシゲルは唇を離した。
やはりサトシもそうだが、久しぶりというのはシゲルも同じのようだった。突き上げてくる高ぶりは勝てない。
「サトシ、ほら」
木の幹に寄りかからせ、足の間に膝を割り入れると、サトシは素直にシゲルに従った。
腕を自分の体にまわさせ、大きく足を広げさせる。サトシの体を持ち上げるようにして、腰を進めようとしたとき、サトシがふと眉をしかめた。
快感のせいでなく痛みを訴える声がその口から漏れたのを聞いて、シゲルは顔を上げ、その原因に気づいた。
(ああ……)
木の幹のざらざらした表面が、背中に当たっていたのだ。棘がささる危険もあるかもしれない。シゲルはちょっと考えると、微笑した。
「サトシ、あっち向いて」
「やだ……シゲルが見えないもん」
サトシが首を振って、シゲルにぎゅっとしがみつく。しばし幸福感にひたるが、とにかく今は自分とサトシの熱を解放したい。サトシの腰をつかんで、なだめるようにキスを落とし、サトシが木と向かい合うようにさせると、背中に唇を這わせる。
「これで、背中は痛くないだろ」
「あっ、シゲル……」
シゲルの指先がゆっくり太ももの内側を探る。
「もう大丈夫みたいだな」
楽しそうに言うと、シゲルは一気に身を進めた。
「んっ」
サトシが苦しげに呻いた。
シゲルも顔を歪めたが、サトシが無意識に腰をずらそうとするのでしっかりと抱き寄せる。
慣らすためにいくらか体を動かしていくと、サトシの口から声が上がる。
最初は聞いているシゲルですら、すまなく思うくらいの悲鳴だったが、それも甘やかな声へと変わっていった。
森には肌が触れ合う音と、シゲルとサトシの荒い呼吸音しか響かない。
静かな分、自分たちが行っている行為がたまらなくいやらしく思えた。
サトシが小さく振り向いて、シゲルを見つめた。涙までたたえられたその目がねだっていることは一つしかない。
何も言わず、シゲルは動きをいっそう激しくした。打ちつけるようにして思いきりサトシにより深く入っていく。
「ああっ――」
サトシが体を震わせた。
「くっ」
シゲルもサトシの声を聞くと同時に果てた。心地よい脱力感が襲ってきた。
しばらくそのままの体勢でいま去ったばかりの快感を惜しむ。
「……サトシ?」
ややあって、シゲルがなるべく静かにサトシから離れる。支えていたシゲルが離れるとサトシはその場にずるずると崩れた。
「おい」
腕をつかんで、立たせようとしたがサトシはとろんとした目でシゲルを見上げるばかりだった。
「立てないのか?」
サトシはうなずいた。口を利くのもおっくうのようだった。
だが、地面に直接座らせる訳にもいかない。シゲルは自分の服とマントを荷物から出して、その上にサトシを座らせた。
シゲルも横に座るとサトシが体をあずけてきた。
「サトシ、大丈夫――」
「なわけないだろ、バカ」
ひどく疲れたかすれ声でサトシは言った。どうやら意識がはっきりしてきたようだ。
「変な格好させやがって」
サトシは頬を膨らませた。
「痛かったし、今はどろどろして気持ち悪いし」
シゲルはきまり悪げな笑みを浮かべた。
「……ごめん」
「謝るならするなよ」
サトシはシゲルと顔を合わせないようにして、横を向いた。
その耳たぶが真っ赤なのに気づいて、シゲルはにやりと笑った。
そうだった。こんなことをした後サトシは大抵、不機嫌になるのだ。
「後で体を洗ってやるからな」
「いいって」
逃げようとするサトシの肩に手を回す。
「なんだよ、この手」
「せっかく久しぶりに二人きりになったんだからいいだろう?」
サトシはもごもごと何か言いかけたが、別に怒りはしなかった。
「――サトシ」
「なんだよ」
「気持ちよかった?」
サトシがぎょっとシゲルの顔を見つめた。みるみるうちにサトシの顔が赤くなっていく。
「何、バカなこと、聞いて……」
恥ずかしさと怒りとで、言葉がとぎれとぎれになる。
「今日はめずらしく、抵抗が長かったから、どうかなって思ったんだけど?」
せまってきたシゲルの顔に平手を喰らわそうとしたが、あっさり交わされ、逆に手をつかまれてしまう。
「満足できた?」
「……」
「できなかったみたいだね。じゃあ、もう一回しようか」
「アホ!」
容赦なくシゲルの手が、サトシの体の敏感な部分を狙ってのびてくる。
今一番、過敏になっているところを優しく握られて、サトシは涙目になった。
「ん?」
「この、バカ!」
必死に悪態をついてみたが、そんな場所を触られていては力が入るどころか抜けていくだけだ。
「イヤじゃないだろう?」
「イヤじゃないけど、イヤなんだってば!」
自分自身でも訳の分からないことを口走って、サトシは足をばたつかせた。
「なんだ、恥ずかしいだけなんだろう?」
その通りなのだが、言い当てられたからと言って、恥ずかしさがなくなるわけでもない。
「今更、恥ずかしがってもなあ。だって、もう――」
シゲルが意地悪そうに耳元でささやいた言葉にサトシは顔どころか、体中が赤くなる思いだった。
「な?」
シゲルがサトシに額をくっつけて、笑った。
「そういう、ところが、イヤなのに……」
シゲルはすねたように言ったサトシの唇にそっと口づけた。
「――ちぇっ」
あきらめてサトシはシゲルの背に手を回した。
「もう絶対、あと一回だけだからな」
「それは、サトシ次第だろ」
「?」
「サトシが僕を離すまで、ってことさ」
言うなり、シゲルはサトシの口を塞いだので、サトシの抗議は妙なうめき声になっただけだった。
折り重なって、地面に倒れ込んでいきながら、サトシはシゲルにしっかり抱きついていた。たぶん、やけになったのかもしれないが、それはシゲルが喜ぶだけだということに、サトシはまだ気づいていない。おそらく一生気づかないだろう。
「――もうこうなったら、お前がぶっ倒れるまで、付き合ってやる!」
シゲルの表情は影になってよく分からなかったが、楽しそうな気配が伝わってきた。
「それは光栄だな、サトシ」
――結果は分かりきったことだが、翌日の昼過ぎにまずピカチュウが、ついでタケシとカスミが木に寄りかかってぐったりしているサトシを見つけたと言えば、分かるだろう。
あわててサトシを支えながら休む場所を探し出す二人の後ろ姿を、木の陰から満足そうな表情とそれでも寂しげなものを浮かべて見送るシゲルに気づいたのは、サトシだけだった。
(リベンジ!)
サトシの唇がそう動いたのを見て、シゲルは去っていく二人に聞こえないように笑い声を上げた。
(いつでも付き合ってやるよ)
ウィンクを返して、シゲルはサトシたちとは別の方向に歩きだした。
これで、旅の楽しみができたというものだ。
夜明けまでの行為の疲れも見せず、シゲルは意気揚々と森の中へ消えていったのだった。