きっと泣いてしまうと思っていたのに。せめて、目が潤むくらいで我慢しようと思っていたのに、笑ってしまった。おかしくて、おかしくて、笑いが零れる。
ニアがわるい。ニアがわるいのだ。
くすくす、くすくす、ニアが笑う。目を細めて、指で口元を隠して、髪の毛をふわふわ揺らしながら、笑っている。そのたびに、シモンの肌もニアの巻き毛の先にくすぐられてしまう。
唇を重ねたときは、ニアははにかんでいたのに、シモンが触れ始めると、笑い声をこぼし始めた。
くすくす、くすくす、絶え間なく、ニアの笑い声は続いて、シーツの上に落ちていく。
両の乳房の間に埋めていた顔をシモンは上げる。少しだけ怒った顔を見せてみる。笑い声を聞けるのは嬉しくて、けれど、こんな時に、笑ってばかりでは、少し不安にもなる。
「……なんで、笑うんだよ」
「だって」
ニアがまた笑う。シモンの指先が触れるたび、ふふっと声が弾む。
「くすぐったいんです」
「そりゃ、わかるけど……他にないのかよ」
技術的にはたいしたことないだろうけど、熱心さはあるのに、とシモンが呟くと、ニアがまた笑って、腕を伸ばし、シモンの首に指を絡めてきた。
「シモンも体験してみればわかります」
「えっ」
ちゅっと唇が首筋にあてられ、そのまま降りていく。髪の毛の先がいっそう胸や首、腹をくすぐって、それにニアの柔らかい唇や指先が触れてくるから、シモンは肩を揺らして笑ってしまった。
「ぶ、あははっ」
笑った後、はっとシモンがニアを見下ろすと、ニアがにっこりほほえんでいる。
「ね」
「……うん」
ちぇっ。シモンが言うと、ニアも真似をする。ちぇっ。ニアには、あまり似合わない口調がおかしくて、シモンが笑うと、不思議そうにニアが見上げてくる。
まばたきするときの音が聞きたくて、額をくっつけると、今度は触れたくなって、唇をついばんだ。
ニアがまた笑う。ニアがシモンの頬に唇を当てると、シモンも笑ってしまう。
「くすぐったい」
「くすぐったいです」
ニアの指が唇を撫でてきたから、その指先を咬んで、シモンもニアの唇を指先でなぞる。
シモン。ニアが名前を呼んでから指を食べてくれた。
目を見合わせて、ちょっとだけにらめっこをして、やっぱり吹き出してしまった。
「ニア」
「なあに?」
「髪の毛くすぐったい」
ほら、とニアの髪の毛でニア自身の頬をくすぐる。
「ほんと」
ニアが目を細めて、くつくつ笑う。揺れるまろやかな小さい肩を抱いて、シモンはニアの髪に顔を埋めた。いい匂いだ。優しい匂いだ。
「シモン、くすぐったいです」
「何が?」
これ、とニアはシモンの耳と首筋に息を吹きかけた。シモンは肩を揺らして、笑う。
「ほんとだ」
両腕いっぱいに彼女を抱きしめる。彼女に力いっぱい抱きしめられる。
わらって、わらって、その日まで、たくさんわらって、けれど、本当は、こんな風ではなくて、もっと、もっと。
時間は近づいて、すぐそこまで来ている。なのに、笑ってしまう。別れを惜しまなければいけないのに、笑ってしまう。わらって、ニアの髪に指をからめて、わらって、ニアの指が頬に触れて、やっぱり、笑う。
ふと、黙って、ニアの目をのぞき込む。ニアがほほえむ。優しい目でうなずいて、シモン、と名前を呼ぶ。
まばたきして、笑う。唇が歪みそうになると、ニアが口づけてくる。ニアの唇が震えると、シモンは同じように口づける。
おかしくて、かなしくて、しあわせだ。
泣いていいのにと言えば、泣いていいのに、と返されて、笑ってしまった。おかしくて、かなしくて、しあわせで、笑いが零れたら、二人一緒に涙が落ちて、二人で笑った。指で互いの頬から涙を拭って、笑った。