「なあ」
「ん?」
膝に当たる心地よい温もりを感じながら、太一はヤマトの髪をすくった。
「髪、切れよ」
さらさらとヤマトの髪が太一の手から流れていく。
ヤマトは気怠そうにイヤだとつぶやいた。
「面倒くさい」
そのまままた目を閉じる。眠りかけていたのを邪魔されたせいか、いつもより答えが素っ気なかった。
太一はヤマトの顔をのぞく。
「ヤマト」
「眠いんだ」
太一の膝の上で、ヤマトは首を振る。髪が膝をくすぐる。
太一は手元に置いておいたリモコンを取り上げ、テレビを消した。見ていたいほどの番組でもなかったし、だいたいヤマトときたらテレビとは逆の方向、つまりは太一のへその辺りを見ているわけだから、テレビをつけている意味がない。
太一の体にだらしなく腕をまわして、ヤマトはうつらうつらしている。
昼下がりのどこか眠たいようなとろんとした時間だった。
「ヤマト」
「うん」
「なあって」
「ああ」
返ってくるのは生返事ばかりだ。身動きもできず、手持ちぶさただったので、太一はヤマトの髪を梳いた。
ひんやりして気持ちいい。シャンプーと整髪料の香りが混じり合った匂いがする。たぶん自分も同じ香りがするはずだ。
朝方、二人で入った入浴のことを思い出して、照れくさくなったところで、もうひとつ思い出した。
「ヤマト」
「ああ」
「シャンプー、もうないぜ」
「ああ」
「聞いてるか」
「……」
今度は寝息だけだった。
太一は髪を梳くのを止め、今度はヤマトの色素の薄い髪をつまんでみた。
「枝毛、あった」
ぷちんと一本、その毛を抜いてみる。ヤマトは何の反応も見せずに、安らかそうな顔で眠っている。
寝息が腹に当たってちょっとくすぐったいが気にしないで、太一はヤマトの髪をまたつまむ。
「これも枝毛だ」
もう一本、抜いた。手元にはさみがあれば切ってしまうのに、さすがにヤマトの平和そうな寝顔を動かすことも出来ず、太一は自分の顔をヤマトに近づけただけだった。
「……嘘だぜ、ヤマト」
本当は枝毛など一本もない。こうしてみれば起きるんじゃないのかと思ったのだ。相手もしてくれず、ヤマトが一人だけ気持ちよさそうに、自分の膝で眠っているのが気にくわない。
「起きろよ」
「……」
ああとかううとか言ったようだが、どうせ寝言だろう。
「ヤマト」
ため息をついて、太一は天井を見上げた。
こうして、二人で並んで座るなり、ヤマトは膝に頭を預けてきた。
いつも全身で感じているヤマトの体の重みと違って、頭だけというのは軽すぎて少し慣れない。
逆に髪が肌をくすぐるのはいつものことだから、もう慣れている。
ヤマトが眠る理由は、昨日夜通しゲームをして遊んだせいだろう。遊んでいる途中で、このゲームを今日中にクリアできる、できないの軽い口げんかになり、ムキになったヤマトは朝方近くまでテレビの前に座っていたのだ。
ひょっとしたら、それはクリアできたら、という条件付きで交わした約束のせいかもしれなかった。
太一は途中で飽きて眠ってしまい、口げんかのことも約束もすっかり忘れていたのだが、
朝五時半にヤマトに起こされ、ゲームのエンディングを見せられて、約束を守れとせまられた。
目を真っ赤にしたヤマトをしょうがないやつだなあと思いつつ、それが嬉しいと感じる自分も相当にしょうがないやつだろう。
そんな条件付きでなくてもキスくらい、いつでもしていいのに――そんな思いは心に仕舞って、太一は目覚め直後のキスを、ヤマトは徹夜明けのキスを、それぞれ相手に送り、そのまま二人で眠った。
もっとも二人が起きたのは十時くらいだったから、短い睡眠にヤマトは満足していないのだろう。
それでも、どうせ寝るならタオル地の感触が心地よいベッドで寝ればいいのに、わざわざ足がはみ出てしまうようなソファーに寝そべるとは。
太一はヤマトの肩を軽く揺すった。
「ヤマト、ベッド行こうぜ」
「……太一がいい」
やっと返事が返ってきたと思ったらこれだ。ヤマトは少し身動きして、太一に甘えるようにしがみついてきた。
「ヤマト」
なんだか大きな駄々っ子をあやしている気分になって、太一はヤマトの頬をつついた。
「なあ、起きたとき、体が痛くなるぞ」
「――いい」
その後に寝息がまた続いた。
「ちぇっ」
太一はあきらめて、だらんと投げ出されたヤマトの手を取ってみた。
細かな動きを見せる指先も今は、太一のおもちゃだ。
指を折ったり、逆に広げて遊んだ後、自分の手と合わせてみる。太一より少しだけ指が長く、この手がいつも自分に触れてくるんだなと思うと気恥ずかしくなった。
それでも手を離さずに頬にあて、目を閉じる。その温かい手が太一の頬をくすぐった。
眠っていることを詫びたように、それは優しい触れ方で、ヤマト一人が寝てしまい取り残されたような気持ちになった太一を慰めるようだった。
急に人恋しい気分になって、太一はつぶやいた。
「ヤマト」
太一は小さくささやいた。聞こえていても、聞こえていなくてもいい。
「……好きだからな」
言ってしまうとなぜか安心して、寂しい心が消えた。
ヤマトの手を握ったまま、ソファーにもたれかかり首を傾ける。
ヤマトと違って昨夜は寝ていたので、眠れるのかなと思ったが、すぐに睡魔が襲ってくる。
そう言えば、夜中に何度か目を覚ましてはヤマトの背中を見ていたのだ。早く隣りに来てくれればいいと思いながら、眠っては起き、眠っては起きを繰り返していた。
今なら、すぐそこにヤマトの温もりがあるから、ぐっすり眠れるだろう。
やがて太一の唇からヤマトのものと、そう変わりない寝息がもれ出す。
それを確認して、ヤマトは太一の手をそっと引くと、その手に唇を押し当てた。
時計の秒針の音でさえ大きく聞こえるほどの静けさの中、ぼそりとしたつぶやきが響いた。
「――俺も」
そのままヤマトは太一の手を離さず、しっかりと指先を絡め、眠りに落ちていった。