ぴこぴこぴこ……と特徴的な足音が聞こえる。
 元気盛りの年頃なのだからしょうがないのだが、ここ皇城内でそれをやられると……女官や衛士達とぶつかって危ない。
 一言注意を、とエルルゥが振りかえろうとした時……

「きゃっ」

 ばふっと後ろから抱きつかれた衝撃に、熱いお茶の入った盆を落としそうになったエルルゥは、眉間にしわを寄せ、アルルゥを見下ろす。

「アルルゥ〜?」

「ごめんなさい」

 すかさず素直に謝るアルルゥが、なにやら嬉しそうに微笑み、エルルゥの背に頬を寄せる。

「んふ〜」

 ぱたぱたと上機嫌に揺れる尾。
 ぴくぴくと揺れる耳。

 どうやら今日は、妹に甘えられているらしい。

 いつもなら甘えたい時は父と慕うハクオロの元に行くのだが。

「もう、どうしたの? 急に……甘えん坊さん」

 お盆を持っているので頭を撫でてやる事は出来ないが、優しい声音で尋ねられだけでアルルゥは満足しているようだった。ますますご満悦っといった様子で、抱きつく腕に力を入れる。

「ウルお姉ちゃん、フミルのお母さん。フミルとお昼寝」

 エルルゥの背中に頬を寄せたまま、アルルゥはうっとりと目を閉じ、先ほど見た光景を思い出す。

 聖母のような微笑みを浮かべ、フミルを抱くウルトリィ。
 清らかで優しい子守歌の旋律に、まどろみ眠りに落ちる瞬間浮かべたフミルの微笑み。
 柔らかな午後の日差しに、やがて眠りに落ちた母子の姿。

 アルルゥはそんな光景を知らない。
 ヤマユラにいたころ集落の母子のふれあいを見ることはあったが、アルルゥ自身がそれを体験した覚えはなないに等しい。物心ついた頃に母親はもういなかったし、祖母は調薬やら村長の仕事やらで時間を取られ、独占することは出来なかった。
 必然的にアルルゥの世話は、少し歳の離れた姉が見ることになる。

「お姉ちゃんは、アルルゥの『お母さん』」

 エルルゥとしてはいまいち説明が繋がらなかったが、どうやらウルトリィとフミル母子にあてられたらしい。

「だから甘える」

 アルルゥはひとしきり『母』のぬくもりを堪能したあと、そっと身体を離し「お母さんのお手伝いする」と手を差し出す。

「おと〜さんの所に持っていけばいい?」

 その手に盆を渡すと、アルルゥは嬉しそうにエルルゥの横に並んだ。