「おや……、降り始めましたね」
 朝から重い雲が広がっていたため、いつかは降るだろうと思っていたら案の定、雨が激しく降り始めた。
 雨音に雨音が重なるまるで叩きつけるような雨。見ると、外の風景さえ、雨に邪魔されて見え難くなっていた。
「…………」
 何かが引っかかる。雨、外、そして、最後の鍵が見当たらない。
「どうしよう……」
 と、外を見て呟く声。エルルゥだった。
「エルルゥ様、どうしました?」
「あ、ベナウィさん。実は……」
 エルルゥの語った言葉。それは、ベナウィ自身引っかかってた最後の鍵となる物だった。


「くっ!!」
 シシェを走らせ、雨の森の中を疾走する。視界が悪い上に、足元まで悪いという最悪な状況。だが、ベナウィは止まらない。いや、止まる事は出来なかった。
「アルルゥ様……」
 小さな声で力なく呟く。
 雨ではムックルの力はあまり効果が無い。雨でいつ足跡が流されるか分からない。アルルゥが無事でいるか分からない。
 不安が恐れを呼び、悪い方へと考えを向かわせてしまう。それでも、神経を集中させ、姿を見逃さないようにしていた。
 緑が多い森の中で、探す青い色の服。
「アルルゥ様」
「ん……ベナ……」
 疲れたようにアルルゥがベナウィを見つめる。雨から守るようにムックルを覆うアルルゥ。だが、体が小さいためにどうしても雨に濡れる部分は出てしまう。それでも、森の母としてムックルを守ろうとしていた。
「大丈夫ですか?怪我は?」
 言われ、首を横に振る。それを見て、ベナウィは安堵の息をつく。と、そのつかの間。
「……雨脚が強まりましたね」
 先ほどまででも酷かったのに、輪をかけて雨が振ってくる。
「とりあえず……どこか、雨宿り出来る所を探しましょう」
 そう言って、ベナウィは着ている外套を外すと、アルルゥにかけた。


 目に入った小さな小屋に二人入った。ムックルとシシェは小屋近くのウマ小屋に残している。まあ、狭い小屋だったので、2頭は入りきれなかっただけなのだが。。
 小屋の中には暖をとるための薪と小さく火打石、燃えやすいように藁などが置いてあった。
 小さな焚き木、そして、その上に、二人分の着衣がある。外套の下に着込んでいたベナウィの服は無事だったのだが、それは、アルルゥに着せてある。ただし、上着しかきていないが、それでも衣服の丈には余裕があった。
「ふぅ」
 ベナウィ自身はほとんど裸に近かった。唯一肌着のみきているが、上のは濡れているために、アルルゥの服と一緒に焚き木の上で乾かしていた。
「雲が出ていた時に雨が降ると分からなかったのですか?」
 少々強い言葉。しかし、もしこの雨が原因で風邪でも引かせてしまったら。と感じたベナウィの気持ちが言わせた言葉だった。
「……ごめんなさい」
 何時も以上に小さく感じる。本当はアルルゥだって、悪かったと思っているのだろう。だから、泣きそうな声で呟いていた。
「いえ、私も言い過ぎました」
 そう言って、アルルゥの体を軽く抱きしめる。
(……こんなに、冷たくなって)
 ムックルを庇っていたからというのもあるだろう。雨が振る中、こんなに冷たくなるまで森で立ち止まっていたのだから。
「ベナ……、あったかい」
「アルルゥ様が冷たいだけです」
 そう言って、ベナウィは軽く背中を撫でる。子供をあやすような、手の温もりを背中全体に伝えるような、優しい腕。
 その腕の温もりに誘われて、アルルゥは眠りについた。

 雨は通り雨だったらしく、夜になる前にすでに上がっていた。
「しっかり、掴まってください」
「んっ」
 ベナウィの服にしがみつくようにアルルゥが抱きしめる。服はまだ濡れているが、すぐに新しい服に着替えられる。ムックルも雨がやんだら、すっかり元気になっていた。
 太陽はうっすらと雲の切れ間から光差し、二人を照らしていた。