―― 今に続く想い ――


 夢を、見ました。

 小さい、とても幼い頃の夢。

 ほとんど忘れかけていた、淡い記憶。

 わたしが、わたしで在るための、大切な思い出――――


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「んしょ、よいしょ…………あぅ」

 小さな女の子が、木に登ろうとしては、ずり落ちている。
 見覚えのある姿。

 ……あれは、幼い頃のわたし。

 多分、アルルゥより少し小さいくらい。
 木の上の方に咲いていた花を、採ろうとしていたはず。

「お〜い、えるるー!」

 向こうから、男の子の声が聞こえる。
 今とは違うけれど、懐かしい声。

「あ、ぬわんぎー! こっち、こっち〜」

 嬉しそうな女の子の声。
 そうだ、この頃の彼は無鉄砲で不器用なところはあったけれど、優しくて頼りになる人だった。

 何が、彼を変えてしまったんだろう……。

 幼い頃の楽しい思い出と、新しい――とても悲しい記憶が、頭に浮かぶ。



 そんなことを考えている間に、彼は木に登っていた。

 ――わたしが、頼んだからだ。

 ただ、綺麗な花が欲しくて。
 待っている危険など、考えもせずに。

 ――あっ!

 見たくなかった光景が、わたしの目に蘇る。

 木から落ちて、傷だらけになった彼。

 あちこちから、真っ赤な血が出ている。
 擦り傷、切り傷、打撲に骨折もあったはずだ。

「うわ〜〜〜ん」

「ぅ。な、なくなよ、えるるー」

 大泣きしているわたしを、傷だらけの男の子が慰めている。
 本来なら、泣きたいのは彼の方だったはずなのに……。

 その後、通りかかったテオロさんに、おばあちゃんのところまで運んでもらった。
 その間中、わたしは泣いていた気がする。

 もちろん、おばあちゃんには散々に叱られて。
 治療を受けている彼からは、かつてない悲鳴があがっていて……。
 でも、おばあちゃんを怖いとは、思ってないみたい。
 だって、ぽかんと口をあけて、手当てに見とれているから。

 ――そうだ、当時のわたしには凄く不思議だったんだ。

 おばあちゃんが何かする度に、彼の血が止まっていく。
 話すことさえ苦しそうだった彼が、元気に叫んでいる。

 おばあちゃんは、不思議な力を持っているんだと思った。
 村のみんなが、おばあちゃんのところに来る理由が、なんとなく判った。

 更に数日が過ぎ、日々元気になっていく彼の姿を見ることが嬉しかった。



 そして――――



「おばあちゃん……」

「おや、どうしたんだい。エルルゥ?」

「……おくすりのこと、教えてほしいの……」

 幼いながら、一生懸命お願いしているわたし。

 その姿に、おばあちゃんはちょっとだけ驚いたようだった。

 そして、とても嬉しそうに微笑んでくれた。

 わたしも、つられて笑顔になる。


「……薬師の修行は厳しいよ。覚悟はできてるかい?」
 

 そんな声を聞きながら、だんだんと目の前の光景が遠ざかっていった――――



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 久しぶりに、思い出しました。

 わたしも、泣いている人、傷ついている人を助けたい。

 そう思って、薬師になったんです。

 今も、その気持ちは変わりません。

 わたしの治療を受けて、喜んでくれる人がいる。


 それは、とても幸せなことです――――



     ―― 終 ――