優しく、柔らかな微笑みを浮かべるハクオロ皇。
メイド服姿で、瞳を潤ませたウルトリィ。
お互い、鼻先が触れ合わんばかりに顔を近づけ、抱き合うふたり。
『ハクオロ、様――』
『前にも言っただろう。今の私は、ただのハクオロだ』
『ハクオロ――』
二人の視線が、絡む。
互いの瞳には、自分しか映っていないことがはっきりと判る。
自然とお互いの唇が近づき、目を閉じ、そして口付けを交わす――
『――ん……』
『んん……』
………
……
…
いつしか――ふたりは、寝床に横になっていた。
『翼は、痛まないか……?』
仰向けに横たわるウルトリィを気遣い、できる限り体重を掛けないよう、優しく身体を重ねる。
『はい……。大丈夫です……』
ウルトリィはハクオロの心遣いを嬉しく思い、こうして同じ床に就くことができるということに、他に例えようも無いほどの幸せを感じた。
その喜びから、彼女の顔に麗しい笑みが浮かぶ。
それを見たハクオロも、優しい笑みを返す。
彼の右手がゆっくりと動き、メイド服の上からウルトリィのふくよかな乳房に触れ――
左手は少しずつ、スカートの裾から中へと――
そして――
* * *
「うにゅ〜〜〜!!!」
メイド姿の少女が、それまで突っ伏していた座卓からがばっと身を起こした。
「!? !? !?」
わけが分からないまま、真っ赤な顔をして周りを見回す。
混乱のあまり、初めは何処とも知れぬ部屋に放り込まれたのかと思ったが、よくよく見ればそこはトゥスクル皇城の、彼女が暮らしている一室であった。
「はぇ……? 夢、でしたの……?」
ようやく状況が飲み込めたユキノは、「ふぅ」と息を吐いた。
ふと目を留めた姿見に写った彼女の顔は、よほど長い間眠っていたのだろう、くっきりと座卓の木目が付いていた。
おまけに、よだれまで垂れている。
「……なんか、スゴイ夢を見ちゃいましたの〜」
白い手袋を嵌めた手で口元を拭いながら、今見た夢を反芻してみる。
どうも、トゥスクルに着いた日に見たハクオロとウルトリィの抱擁の続きを、勝手に脳内補完していたらしい。
(はぇ〜……こんな夢を見るなんて……あたしは、いけない娘ですの……)
とか思いつつ、今見た映像を脳裏に焼き付けながら『ぽ〜っ』としていたユキノだったが――ふと疑問が浮かんだ。
(そういえば……、姫様とハクオロ様、本当に恋仲なのですの?)
あの2人の様子を見た限りでは、ただの友人同士ではあるまい。というか、どう考えても男女の仲である。
しかし、どうにも腑に落ちないことが多い。
(ハクオロ様との関係を隠そうとしているような姫様……。あたしにヤキモチを妬いてたみたいなエルルゥさん……。
アルちゃんはハクオロ様を「おと〜さん」と呼ぶけど、本当のお父様ではないみたいですし……。
うにゅぅ……どういうことですの……?)
先日この國に来たばかりのユキノは、イマイチここの人間関係がつかめないでいたのだ。
ユキノはこれまで全く信じてはいなかったが、『トゥスクル皇は好色皇』という噂を聞いたこともある。
城内には妙齢の美しい女性が何人もいるから、その内の何人かがハクオロの御手付きの可能性も否定できない。
そして、ウルトリィがその中の1人であったとしたらかなりの問題である。
「……とりあえず、どなたかにお訊きしてみるですの……」
ウルトリィとハクオロには、他言はしないと約束していたユキノだったが、そんなことはキレイサッパリ忘れていた。
もしその『どなたか』が特定の女性であった場合、そんなことを訊けばエライことになってしまうのだが……。
トゥスクルに来て間もないユキノに分かるはずもなく。フラフラとした足取りで、部屋を出た。
ユキノが部屋を出て、最初に出会った人物。それは、運の悪いことに当のウルトリィその人であった。
「あら、ユキノ。お早う」
「うにゅ!? ひ、姫さま!? お、お早うございますの!」
全くいつもと変わらないウルトリィに対し、ユキノの方は完全に声が裏返っている。
「ユキノ? どうかしましたか?」
「い、いえその。何でもありませんの……」
先ほどの夢の記憶のせいで、ユキノはウルトリィをじっと見てしまう。
相変わらずの美しさだ。男性ならずとも、思わず見惚れてしまうことだろう。
『姫君の中の姫君』とは、彼女と多少なりとも接したことの有る者ならば全てが納得する、掛け値無しの称号なのだ。
だが、だからこそ彼女には浮いた話の1つも出てこなかった。
ウルトリィが男性と抱き合う光景など、ある意味で最も想像出来ないものだった。
それが、久しぶりに会ったら――
とそこまで考えた時、不意に彼女が胸に抱いている物に目が行った。
「姫様、そのメイド服……。今から御召しになるんですの?」
その衣装は、ユキノがウルトリィに頼まれて國から持って来たものだ。
ユキノが着ているものとは違う、スカート丈の長い落ち着いた感じのメイド服。
そして、『あの時』に着ていた衣装でもある。
「あ、これですか。いえ、ちょっとお洗濯しようかと……。
(昨夜は、ちょっと激しくしてしまったし……)」
後半は口の中で呟くように言ったのだが、ユキノの耳はそれを聞き逃さなかった。
(激しく、って……。激しくナニをなさったんですの……)
随分と皺だらけになったメイド服を見ながら、また今朝の夢のことを思い出して赤面するユキノ。
しかし、ぶんぶんと頭を振ってその映像を頭から追い出し、とりあえず彼女のメイドとしての役割を果たすことにした。
「あ、あの、もう御召しにならないんでしたら、あたしがお預かりしますの。
お洗濯して、しまっておきますの」
メイド服を受け取ろうと、両腕を差し出した瞬間――
ササッ
ウルトリィは、何故かその手を避けるように、メイド服を頭上に持ち上げた。
「……姫様? どうしましたの?」
「うふふ。お洗濯くらいは自分でやりますから。
私(わたくし)はもう行きますね。じゃあね、ユキノ」
ウルトリィは一方的にそう言うと、ユキノが何か言う間もなく、まるで滑るような足取りで行ってしまった。
「……何か、あたしがお洗濯したらまずいことでもあったんですの、姫様……?」
その『まずいこと』が何なのかは詳しく判らないが、何やらまた頬が熱くなって来たユキノであった。
そんなユキノが次に出会ったのは、エヴェンクルガの女性である。
「あ、お早うございますの、トウカ様」
「お早うございます。ユキノ殿」
二人は先日初めて会い、未だ軽く自己紹介し合った程度の面識であった。だから、
(そうですの! トウカ様になら、あのことを相談できますの。
何よりも義を重んじるという、エヴェンクルガの剣士様ですもの。
きっとお話を聴いて下さいますの)
とユキノが考えるのも無理からぬことである。
確かに、いつもの『うっかり』さえ無ければ、美しく凛凛しいトウカは信用・信頼に足る人物に見える。
実はそのトウカも既にハクオロの御手付きなどとは、微塵も思わなかった。
「……あの、トウカ様。少しお時間有りますか?」
「……?
ええ。特に用事はありませんが」
「でしたら、ちょっとあたしの悩みを聞いていただきたいんですの。
急にこんな事言うのもなんですけど……」
ユキノが白い手袋を嵌めた両手を胸の前で組み合わせ、トウカを見上げてお願いすると、
「悩み事、ですか? はい、某などで宜しければお伺いしますよ」
いきなりの事にも関わらず、快く承諾したトウカはニッコリと微笑んだ。
「――で、ユキノ殿。悩み事というのは?」
場所をトウカの自室に移し、真剣な顔でユキノに尋ねる。
出会って間もないというのに、こんなに親身なってくれるトウカの様子に、少し口に出すのを躊躇っていたユキノも、意を決して語り始めた。
「ハイですの。先日の事なんですけど――――」
* * *
「――――というわけですの」
ユキノがそう話を締めくくると、先ほどまでとは打って変わって、声を震わせたトウカが聞き返した。
「――つ、つまり、ウルトリィ殿がその『冥土服』とやらを身に纏った姿を聖上にお見せしたら――」
「あるじ様はウルトを抱きしめて、愛を囁いたんですのね?」
トウカの言葉を突然、別の声が継いだ。
「カッ、カルラ!? お主、一体何時の間に……?」
「全然気が付きませんでしたの……」
そこには、忽然と現れたカルラがいつもの笑みを浮かべて立っていた。それに驚くユキノとトウカだが、当のカルラはそんな2人に構わず、
「なるほど。それは興味深いお話ですわ」
と考え込んだ。そんなフリかも知れないが――。
するとそんな空気を感じ取ったのか、
「無視するなっ!!」
「……」
とトウカが食って掛かる。トゥスクルではおなじみのやり取りだ。
しかし、それを初めて見るユキノは突然始まった漫才に目をパチクリとさせていた。
「トウカ、ちょっと五月蝿いですわ。落ち着きなさいな」
「全く、いつもいつもこの女は……」
トウカはなおもブツブツ文句を言っていたが、言葉通りいつものことなので、すぐに落ち着きを取り戻した。
「それで? 何が興味深いのだ?」
「今の話。あるじ様らしくありませんわ」
「……む。確かに。聖上は人前でそ、そんな事をされる方ではない」
『そんな事』のあたりで頬を赤らめているのは、以前よりも男女の関係というものを知っているからであろう。
「ユキノが側にいる事も忘れてしまったんですわ」
「うむ。聖上にしては、珍しいことだ」
「「それは何故か?」」
最後の一言を異口同音に発し、トウカとカルラは同時にユキノを見る。
正しくは、今もユキノの身を包んでいる、その『メイド服』を――。
いきなり視線を向けられて「ビクッ」となったユキノに目もくれず、二人はなおも話を続ける。
「だが、カルラ。確かに今の話の中で考えられる原因は、『冥土服』だと某も思う。
しかし、具体的にどういうことだろうか?」
「……おそらく、『衣装遊戯』でしょう。
殿方の中には、女性が身に纏った衣装によって興奮を覚える、特殊な性癖の方がいるのですわ。
特に、普段と全く違う衣装を着ると効果が高いようですわね」
まるで他人事のような口振りだが、カルラ自身も初めての時は『勝負衣装』を用いてハクオロを篭絡している。
もっとも、それ以外の小道具も合わせて使っていたが。
「衣装遊戯……。冥土服……」
トウカは今の話を聞いて、考え込んでしまった。
「はぁ……」
溜息を吐きながら、再び城内通路を当ても無く歩いているユキノ。
トウカに相談してはみたものの、カルラの乱入によって話がどこかへずれてしまい、何の解決にも繋がらなかった。
ただ、あの二人の反応から察するに、ハクオロとウルトリィの関係は既知のものだったようだ。
恋仲なのか、ハクオロの好色によるものなのかは不明だが、城内公認の仲なのだろうか。
「うにゅ……。もう、どうしたら良いんですの〜?」
あれからのウルトリィの態度を考えれば、何も見なかった事にするのが一番だろう。
しかし、それではどうにもスッキリしない。
とりあえず、部屋に戻って考えることにした。
『ユキノ殿、いらっしゃいますか?』
部屋に戻ってから程なくして、そう声がかけられた。声の主は、先ほどまで話をしていたトウカである。
「ハ〜イ、どうぞですの」
戸を引いて顔を出すと、中に入るように促した。廊下には、トウカの他にカルラも一緒だ。
「失礼致します」
「お邪魔しますわ」
ユキノはとりあえず2人の為に座布団を用意すると、かちゃかちゃとお茶の支度を始めた。
「月夜の晩の〜♪ 丑三つ時に〜♪ 守宮と、薔薇と蝋燭を〜♪
焼いて潰して粉にして〜♪ 小匙1杯混ぜるのさ〜♪」
いつもどおり、楽しげに歌など歌いながらお茶を淹れる。
仕事をしながら歌うのはオンカミヤムカイにいた時からのクセだった。
生真面目なメイド長やムントはあまり良い顔をしなかったが、ワーベがユキノを気に入っていた事と、仕事に問題があった訳でもないという理由で何も言われず、未だにそのクセは治らないのだった。
「粗茶ですの」
この國に来てから覚えた謙遜の言葉とともに、そっと湯呑みを差し出す。そこに満たされているのは、得意の紅茶ではなく香り立つ玉露である。
2人の客はしばらくその煎茶の香りを楽しんでいたが、やがて本題を切り出した。
その内容とは、トウカとカルラにメイド服を用意して欲しいというものであった。
「如何でしょう。お願いできませぬか?」
「……それは別に構いませんの。ウルトリィ様のものに少し手を加えるだけですし、まだ数着ありますし。でも、メイド服なんてどうするんですの?」
共に戦闘民族として名高い、ギリヤギナとエヴェンクルガである二人が、まさかメイドに就職というわけでもないだろう。
「あら、もちろん着るのですわ。あるじ様のためですもの」
「左様です。聖上にお喜びいただくことこそ、某の本懐であります故」
「……うにゅ……?」
ユキノの頭の中では、メイド服を着ることとハクオロが喜ぶ事というのがどうも結びつかない。
しかし考えてみれば、そもそもユキノがこの國に来たのは、ウルトリィにメイド服を持ってくるよう頼まれたからであった。
メイド服とハクオロ皇。その間には、何かの繋がりがあるのかもしれない――そう考えたユキノは、2人にメイド服を貸すことで、手詰まりの現状を打破することにした。
「承知いたしましたの。じゃあ、簡単に仕立て直しますのでちょっとお待ち下さいですの」
「おお、お受け下さいますか! ありがとうございます!」
「ではよろしくお願いしますわ」
「ハイですの」
ちくちくと、手際よくメイド服を仕立て直してゆくユキノ。いつも『ぽややん』としたユキノではあるが、こと家事に関しては流石に専門職である。
ウルトリィの翼が通る背中の穴を塞ぎ、寸法を2人に合わせ、あっという間に2着のメイド服を用意した。
カルラとトウカはそれぞれにメイド服を胸に抱え、ユキノに礼を言って部屋を出て行く。
ユキノはそんな2人を、
「これであたしの悩みも解決するかもですの♪」
と両のこぶしを口許にあて、わくわくしながら見送った。あとは、さり気なく2人のあとを追ってその動向を見届けるだけである。
しかし折悪く、2人が去ったのとは反対側から別の女性が現れた。
「ユキノちゃん。ちょっと、いい……?」
どことなくもじもじとした様子でそう声をかけてきたのは、アルルゥの姉――今のところユキノの中ではそういう認識しかなかった――エルルゥである。
「は、ハイ? どうかなさいましたの?」
すぐにカルラとトウカのあとを追いたくて、2人が去った方とエルルゥの間で視線を行ったり来たりさせるユキノであったが、
「ねぇ、ユキノちゃん。わたしにも『めーど服』貸してくれない……?」
というエルルゥの言葉にぴくんと反応を示した。
(むむ……。またメイド服ですの……)
やはり、この皇宮の人間関係の謎を解くカギはメイド服にある! そう確信したユキノは、2人のあとを追うのをやめてエルルゥの話を聞くことにする。
「この前、アルルゥが着てるのを見たんだけど……ダメかな?」
もっと正確に言えば、『メイド服姿のアルルゥに鼻の下を伸ばしているハクオロ』を見たのだった。エルルゥはそれを見てヤキモチを妬いたのだが、自分もメイド服を着てハクオロに見せたいと考えたとしても仕方のないところである。
「んん〜……。お貸しするのは構わないですの。でも、エルルゥさんの丈に合うものが……」
アルルゥはユキノとほとんど同じ背丈・体形なので、そのまま着られた。
カルラとトウカはウルトリィと背丈がほぼ同じで、それなりに女性らしい体形をしているので、背中の穴さえ塞げばウルトリィのものを問題なく着ることができた。
しかしエルルゥが着るとなると、ユキノのものは少し小さく、ウルトリィのものだとある部分がスカスカになってしまう。仕立て直すにしても、すぐには出来ない。
――あえてそこまでは言わなかったが。
「そっか……。でも、一応着てみてもいい?」
エルルゥは残念そうな顔をしながらも、とりあえずそう聞いてみた。
「(むむぅ〜? そこまで着たいんですのね? これは気になりますの!!)
ハイですの。あたしのとウルトリィ様の、どっちになさいますの?」
ユキノは心の声をさりげなく隠し、そうエルルゥに尋ねた。すると――
「あ、本当? ありがとう! じゃあえっと……って……。
ユキノちゃん? “ウルトリィ様の”ってどういうこと……?」
一度は、喜びの表情を浮かべたエルルゥだったが、ユキノの言葉に含まれた不自然な箇所に敏感に反応する。
「あたしがこの國に来たのは、姫様――ウルトリィ様にメイド服をお届けするためですの」
「ふ、ふ〜ん。そうなんだ……。ウルトリィ様に……」
「ハイですの♪」
何気ない風に聞き返すエルルゥ、余計なことを言ってしまったとは気付かないユキノ。
無邪気に答えを返すユキノを見ながらエルルゥは、
(ウルトリィ様……意外と油断できませんね……)
と心中穏やかではいられなかった。
* * *
「っくしゅ!
あ、あら? 何だか寒気が……。風邪でしょうか。
ちょっとエルルゥ様に診ていただこうかしら……」
* * *
「――で、どちらになさいますの?」
「あ、うん。じゃあユキノちゃんので」
別に深い考えは無く、反射的にウルトリィとは違うほうを選んだだけだったのだが、その選択はとても正しかったのである。
それが判るのはもう少しあと――。
ユキノが着付けを手伝い、エルルゥの着替えが終わった丁度その時、部屋の外からユキノを呼ぶ声があった。
『ユキノ、いるかい? ちょっと仕事を頼みたいのだが』
「(ハクオロ様? ちょうどいいですの。今のエルルゥさんの姿を見たハクオロ様の反応を見てみるですの)
ハイですの、今開けますの〜」
「あ、やだ、ちょっと待ってユキノちゃ――」
エルルゥは慌ててユキノを制止しようとしたが、既に遅く。
ガラッ――
「ん? ああ、エルルゥもいた……の……か……っ!?」
いつもは切れ長のハクオロの眼が、ゆっくりとまん丸に見開かれた。その視線の先は、メイド服に着替えたエルルゥだ。
「あ、あはは……」
自らの身体を抱くような姿勢で両の二の腕を押さえ、曖昧な照れ笑いを浮かべるエルルゥ。元々ハクオロに見せるつもりではあったが、心の準備はやはり必要なものだ。
しかし、もう見せてしまったものは仕方が無い、と思い切って感想を聞いてみた。
「は、ハクオロさん、どうですか? この服……」
「ど、どう……って……」
何とか冷静さを保とうと、とりあえずエルルゥの姿を上から順に眺めてみたりする。
白いレースのような飾りを付けたカチューシャ。
その下には、真っ赤に染まったエルルゥの可愛い顔。フサフサの獣耳にメイド服という取り合わせは、ユキノで見慣れているとはいえ、妙に興奮を掻き立てる。
そしてエルルゥが着ているメイド服はどう考えても彼女には小さく、その身体が描く曲線を隠すには役不足であった。
極めつけは、ウルトリィの穿いていたロングスカートとは違う、本当にギリギリの所までしか太ももを覆っていないミニスカート。普段はほとんど目にすることのない、エルルゥの太ももからふくらはぎまでの脚線が、眩しいまでに瞳を貫く――。
くるぶしの少し上辺りで三ツ折にされた短い靴下も新鮮だ。
「どうですか、ハクオロさん……?」
エルルゥはもう一度おずおずと尋ねるが、ハクオロの様子を見れば、答えは彼女にも明らかだ。
「う……」
恥じらいの表情を浮かべた『ぱっつんぱっつん』なエルルゥ。そんな彼女を見てしまっては、冷静でいられるはずもない。
ハクオロは最早、すぐさま寝床に直行して色々と口では言えないような手管でエルルゥを可愛がりたい、そんな衝動を抑えられそうにもなかった。
エルルゥの方も、潤んだ瞳に何やら期待を込めた、えも言われぬ艶っぽい表情を隠そうともしていない。お持ち帰りも望むところといった感じだ。
「エルルゥ――」
「ハクオロさん――」
………
……
…
ギイッ――
ハクオロがエルルゥを引き寄せようとした、そんな時――唐突に、床板が軋む音を立てた。
「「「あ……」」」
音の主であるユキノは、気まずそうな様子で肩越しに2人を見ている。
ウルトリィの時と同じような空気を察したユキノは、そろそろとこの場を後にしようとしたのだが。またもや、全く同じような邪魔をしてしまったのだった。
「あたしは何も見てませんの。
ハクオロ様とエルルゥさんがどんな関係かなんてサッパリ判りませんの。
では」
棒読みなセリフを残し、しゅたっ、と手を挙げて去ってゆくユキノ。それを見送ったハクオロは、はっきりと既視感を覚えていた。
何だか、ユキノにはいずれ、あらゆる弱みを握られそうな気がしてならない――。
唐突に、ハクオロの脳裏に『家政婦は見た!』という題字が踊った――。
「あ、あのわたし、着替えますね……」
「ん、ああ。私は外にいるよ……」
「「ハア……」」
すっかり雰囲気に水を差される形になった2人は、お互いに至極残念そうな溜め息を吐いたのだった。
ハクオロがぱたん、と後ろ手に戸を閉めると、それを見計らったかのように2つの人影が現れる。
「ん? カルラとトウカか……って……。
お前達もか……」
現れたカルラとトウカもやはり――というか何というか――お揃いのメイド服に身を包んでいた。こちらはウルトリィと同じ型のものだ。
ユキノ・ウルトリィ・アルルゥ、そしてつい今しがたのエルルゥのメイド服には激しく動揺させられたハクオロだったが、流石にそろそろ食傷気味だった。
「あら、ご主人様。嬉しくないんですの?」
カルラはいつもの三つ編みをほどいており、美しい髪が緩やかな波を描いていた。
首輪にメイド服なので、実にアレな感じだ。しかも、あるじ様でなく、ご主人様ときた。
人差し指の腹でハクオロの顎を『くいっ』と持ち上げ、妖艶な中にも悪戯っぽさが覗く、いつもの笑みを浮かべる。
「某、このようなヒラヒラとした服は好みませんが……。
聖上がお望みとあらば!」
メイド姿で、ハクオロの右腕にすがりつかんばかりのトウカ。
その格好で御側付の任務をも果たすつもりなのか、その腰のエプロンにはいつもの刀を佩いている。
「ちょっと待てい! 私は別にメイド服が好きだなどと言った覚えは――」
「「ではお嫌いだと?」」
「あ、いやその……だな」
これ以上話をややこしくしないためには、嘘でも一言「嫌いだ」と言えば良いものを、ヘンなところで正直なハクオロは2人からの問いに口を濁すだけである。
そんな時、廊下の騒がしさのためか、部屋の戸がすっと開きエルルゥが顔を覗かせた。そして、カルラとトウカの姿を目に留めると、
「む〜!」
と未だメイド服姿――もちろん『ぱっつんぱっつん』――のままで外に出て来た。
「もう、カルラさんにトウカさんまで!! 何てカッコしてるんですか!?」
「え、エルルゥ殿こそ、そのお姿は一体……?」
「今のエルルゥに、そんな事言われたくはありませんわねぇ〜?」
自分のことを棚に上げ、2人にちょっとヤキモチの混じった声を上げたエルルゥだったが、すかさず反撃を受けてしまった。
「え!? わわ!!
い、いえそのこれは……」
「……何の騒ぎです?」
きゃいきゃいと騒がしい所へ、不意に冷静な声が割り込んだ。
その声の主――ベナウィは、この場の人間をゆっくりと見回し、
「聖上……確かに以前、『衣装遊戯でしたら個人的にお楽しみ下さい』と申し上げはしましたが……これは少々……」
と心底疲れたような溜め息を吐く。
「いやまて! 違うぞ、勘違いするなベナウィ!! 私は別に――」
ハクオロの必死な言葉には耳を貸さず、今度は女性陣に向き直った。
「それに貴女方。カルラは兎も角……トウカ。貴女まで……」
「い、いえ、某はその――」
トウカの言い訳は黙殺し、にやにやとするカルラを素通りしたベナウィの視線は、珍しくエルルゥをも冷たく捕らえた。
「エルルゥ殿……。まさか、貴女までがそのような煽情的な格好をされるとは……。
私は、私は悲しい……」
「せ、せん――っ!?」
いつもの、両の頬に掌を当てる『びっくり』の仕草をするエルルゥ。
しかし改めて自分の姿を見下ろすと、言い訳も出来ずに「ううっ」と目元を押さえた。
「さて、聖上? 少々お時間を頂きたいのですが、よろしいですね」
「だから! その前に私の話を――」
「よ・ろ・し・い・で・す・ね?(微笑)」
「はい……」
背後に肩を落としたハクオロを伴って、ベナウィは禁裏の方へと歩み去って行った。
その状況を影から見届けたユキノは、ようやく朝からの悩みを解決させていた。
「な〜んだ。ハクオロ様は単にメイド服が好きな方でしたのね〜。……よく分かりませんけど。
それで、女性の方々はみんなハクオロ様が好き、と。
はぁ〜、そういえばすっかり忘れてましたけど……。だから姫様はあの時、他の女性がメイド服を着ないようにあたしに口止めを――」
「ユ〜キ〜ノ〜!?」
「うにゅ!? ひ、姫さま!?」
ユキノの背後に音も無く現れたのは、まるで金色の禍日神(ヌグィソムカミ)のごときウルトリィであった。
幸いにもユキノからは見えなかったが、ウルトリィのこめかみの辺りにはうっすらと青筋が浮き出ている。
ウルトリィは、白い帽子ごと『がしっ』と彼女の頭を鷲掴みにすると、
「だから、だから内緒にしておいてって言ったのに――」
と声を震わせる。
少なからず、抜け駆けしているという後ろめたさはあったものの、やはりメイド服という武器は自分だけが持っていたかった。それなのに、既に好敵手達に同じ武器が手渡された状態になってしまっている。
それに、ベナウィが知るところとなった以上は、ウルトリィもメイド服を着にくくなってしまった。
「ご、ゴメンナサイですの〜〜〜!!」
「あ、まちなさ〜〜〜い!!」
徐々に締め付けを強くする帽子から隙を突いて頭を抜き、アルルゥのごとく逃走するユキノ。それを追ってエルルゥ化するウルトリィ。
『コラ〜〜〜!!』という声と『ぱぎゅ〜〜〜!!』という声が遠ざかっていった――。
そして一方こちらは、事の一部始終を物陰から伺っていた1つの人影である。
「そっか〜……。おじ様、メイド服が好きだったんだ。だからみんな、あんな格好してたんだね〜。
それならカミュも着ておけばよかったな……。
あ、それともメイド服じゃなくても良いのかな? なにか、この國にない服とか……。
う〜ん……。あ、アレなんかどうだろ? 昔、ディーに見せてもらった『たいそー服』とかいう――」
メイド騒動が一段落した後も、当分の間は平和になりそうもないトゥスクルであった。
(お・わ・り☆)