はじめにご注意。
このSSはベナアル風味が含まれております。それを踏まえてごらんください(おい)
ちなみにベナアル=「ベナウィとアルルゥは兄妹のような関係」という設定です。
ベナウィ×アルルゥではございませんよ〜(爆)


「姫様、おそうじ終わりましたの」

「ご苦労様、ユキノ」

 今日も一生懸命に主に仕えるユキノ。
 それをねぎらうウルトリィ。
 オンカミヤムカイからトゥスクルへと場所を移しても、ふたりはなんら変わりない。

「ほかに御用はございませんですの?」

「そうですね……。今は特に」

「うにゅ。そうですの……」

 寂しそうな顔をするユキノに、ウルトリィが苦笑しながら告げる。

「あのね、ユキノ。ここはオンカミヤムカイではないのだから。
 貴女ももっと自由にしてて良いのですよ?」

「うにゅ〜……。でも、あたしは姫様にお仕えするのがお仕事ですの。
 『メイドはご主人様にご奉仕してなんぼ』、って言いますの」

 もちろんユキノとて、日がな一日メイドの仕事をしてるわけではない。カミュやアルルゥと一緒にいる時間もある。
 しかし、長い間ウルトリィと離れていたため、その間を埋めるかのように仕事に励むのであった。

「まあ、そうかも知れませんが……」

 トゥスクルに来て以来、メイドのいない生活が長かったので、ウルトリィも特に不自由していない。
 ユキノは何か仕事をしたがっているが、かと言ってどうでも良い仕事をわざわざさせるのも彼女に悪い。
 ウルトリィはしばらく悩んでいたが、

「――じゃあユキノ、こうしましょう。貴女もこの皇宮に暮らす身。
 私個人だけでなく、ここのお手伝いもしてくれませんか?」

「皇宮のお手伝い……ですの?」

「ええ。ハクオロ様をはじめ、エルルゥ様、ベナウィ様とお忙しい方ばかりです。
 皇宮の女官の方々と同じ仕事をするのは、何かと体面の問題もありますから……。
 どなたか個人のお世話かお手伝いですね」

「ん〜……。ハイ! 分かりましたの。
 じゃあハクオロ様のお世話をさせていただきますの。
 ほかの方々とは、まだあんまりお話もしてないですし」

「そうですね、そうして下さい。ハクオロ様には、後で私からもお伝えしておきますから」

「ハイ。では、さっそく行ってまいりますの!」

 新しい仕事ができて嬉しそうに去っていくユキノの後姿を、笑顔で見送るウルトリィ。
 しかし。このあと彼女が何をするかなど、想像もしない賢大僧正であった――。



 ぴょこぴょこと跳ねるような足取りで、ハクオロの書斎に向かったユキノであったが、生憎と彼は不在であった。

「う〜ん。ハクオロ様はどちらですの〜?」

「お。嬢ちゃん、どうした? キョロキョロして」

 通路を行くユキノに、そう声をかけた者がいた。

「あ。クロウさん」

 行く手の角から姿を現したのは、堂々たる偉丈夫。
 トゥスクル騎兵衆副長のクロウである。

「ハクオロ様を探してるんですけど、クロウさんご存知ないですの?」

 恐らく、現在この皇宮内で最も身長差があるふたりである。
 クロウを見上げるユキノの頭から、うしろへ帽子がすべり落ちそうになる。

「総大将か? そういやあ……。
 昨夜は大将と2人で徹夜で仕事してたらしくてな。
 疲れたから、ひとっぷろ浴びてくるようなこと言ってたぜ」

「お風呂ですのね? ありがとうございますの!」

 帽子がズリ落ちないよう、両手で押さえながらお辞儀をすると、ユキノはクロウが何か言う前に、またぴょこぴょこと行ってしまった。

「……行っちまった。風呂に入ってるんだから、今行ってもしょうがねえと思うんだが……。
 まさか、一緒に入るなんてことは……ねぇよな。いくら総大将だってなぁ……。
 ま、良いか」



「おっふろ〜♪ おっふろ〜♪ お風呂はどこですの〜♪」

 気分が良いと、何故か歌を口ずさみたくなるユキノであった。
 足取りも軽く、ふさふさの尻尾が揺れている。

「あ、発見ですの〜〜〜♪」

 通路の壁に『湯』
 その下に『←男 女→』
 非常に分かりやすい案内がしてあった。
 まあ、ユキノも既に何度か女湯に浸かったことがあるので、あんまり意味はなかったが。

 とりあえず、今日用が有るのは男湯の方なので、ユキノは迷わず左に曲がった。その先にあるのは大浴場である。
 ケナシコウルペ時代に有ったインカラ専用の悪趣味な湯船を取り壊し、ゆったりと『裸の付き合い』ができるようにハクオロが設計したものだ。

 脱衣所の中に入ると、籠の中にハクオロの服が無造作に突っ込んであるのが目に入った。
 
「あ! ハクオロ様、いらっしゃるみたいですの♪
 ここはやっぱり、お背中を流して差し上げるべきですの〜☆」

 ちなみに、別の籠にもきれいにたたまれた服が入っていたのだが、そちらはユキノの目に入っていなかった。



「くっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 心の奥底から出したかのようなため息が、浴室の中に響き渡る。
 湯気に煙る湯船の中では、ハクオロが肩どころか顎までお湯に浸け、身体を弛緩させていた。

「常世にでもいる気分だ……」

 徹夜の疲れを取ろうとするかのように、湯に身を任せる。
 普段なら理知的とも言われる表情も、だらしなく崩れている。
 彼と会う人間全てが言及する、人を惹きつけて止まない瞳にも、今ばかりはどうにもこうにも締りがない。
 風呂に入っている時と眠っている時、それだけが自分が心からゆっくりできる時間ではないだろうか……。
 そう切実に考える彼であった。

「生き返るな……」

 軽く10人は入れるであろう風呂場に、今は誰の気配もない。彼の耳に聞こえるのは、天井から落ちる水滴の音だけ。
 広々とした湯船を占領して、再度長いため息を吐く。

「くっつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 そんな時――



「ハクオロ様〜。お湯加減はいかがですの〜?」

「あぁ〜。すこぶる良い湯だぞ〜……。――って、ユキノが何でここにいる!?」

 ハクオロが慌てて振り向くと――
 そこには両手を腰の後ろで組み、ちょっと左に身体を傾けながら、こちらをのぞきこむユキノがいた。

「メイドとして、ご主人様のお背中を流しに参りましたの」

「ごっ、ご主人サマ!? いや、君のご主人様はウルトだろう?」

「ウルトリィ様の想い人でしたら、あたしのご主人様も同然ですの」

「い、いやしかしだな――」

「ダメ、ですの……?」

(うっ。な、なんでそんな顔をする……?)

「うにゅぅ……。お仕事をしないメイドなんて、存在価値がありませんの……」

 可愛い丸い瞳に涙を浮かべ、スカートをぎゅっと握って下を向くユキノに敵うはずもなく。

「――分かった。お願いしよう。」

結局は折れてしまうハクオロであった。



 すりすりすりすり……

 ユキノは白い手袋を脱ぎ、石鹸を泡立てた手で直接ハクオロの背中を洗う。
 ハクオロが椅子に座り、その後ろでユキノが立てひざをついた体勢だ。

「……なあ、ユキノ。手拭とかで洗うんじゃないんだな……」

「姫様のお背中を流すときは、いつもこうでしたの。翼もありますし、手のほうがいいんですの。

 あ、それとも……。あんまり気持ち良くなかったですの……?」

「……いや、とても気持ちいいぞ。というか――」

必要以上に気持ちいいんだが、と言いかけてやめた。


(妙な気持ちになる私が悪いのか? この場合……)


 先ほど湯船に浸かっていた時とはまた違った気持ち良さに、思わず「あっ……」とか「んんっ」とか声が漏れそうになる。

 しかし、そんな快楽のひとときの隙間に、スルリと滑り込んで来た声があった。

「そうですか〜。そんなに気持ちいいんですか〜〜〜」



「……あの、エルルゥさん。どうしてここにいるのデスカ……?」

 ハクオロは振り返ることなく、背後にいるであろう声の主に尋ねた。
 頭頂からとめどなく、滝のような汗が滲み出るのを感じる……。

「はい? いえ、ちょっとクロウさんに気になることをお聞きしたものですから。
 まさか、とは思ったんですけどね〜……」

 うふふ、と笑うエルルゥが怖い。
 いつものような威圧感を発しないでいるエルルゥが、底知れず怖い。

「さ。ハクオロさん。逝きましょうか?」

 なんか字が違うような、違わないような気がしながら。
 ハクオロが発することができたのは、一言だけであった――。

「……ぱぎゅう……」



 すりすりすりすり……

 衣服に包まれていると華奢にさえ見えたが、実はとても逞しい背中。
 その背中を、ユキノの手が行ったり来たり。

「かゆいところはございませんですの〜〜〜♪」

「そうですね、では腰の辺りを」

「ハイですの〜〜〜♪」



「しかしユキノ殿。私がいたことによく気付きましたね?」

 彼はいつも湯船の一番奥で、首まで湯に浸かっている。その上、もうもうたる湯煙のせいもあって、気付かれないことも多い。

「エルルゥさんが入ってきたときに、微かに水音がきこえましたの」

「……そうでしたか。私としたことが」

 ふふふ、と笑い合うふたり。

「でも、もう男湯などに来たりしてはいけませんよ?
 ただでさえこの國では、先程のような事が日常茶飯事なのですから」

「ハイですの。……でも、なんでエルルゥさんがハクオロ様を連れてっちゃったんですの?」

 物静かに微笑むエルルゥの後を、何故か処刑台にでも向かうような体(てい)で付いて行ったハクオロの姿を思い出す。
 ユキノはウルトリィとハクオロの関係しか知らないので、あの後どうなるかの想像がつかないのであった。

「國家機密です」

 しかし、彼はユキノの疑問を軽く受け流す。

「……わかりましたの」

 ユキノも釈然としないながらも、それ以上は追求しなかった。



 すりすりすり……

「それと今日の事は――」

「大丈夫ですの。皆さんにはナイショにしておきますの――」

 泡の付いた人差し指を立てて、唇の前に持ってくる。

「お願いします」

 そしてユキノは、彼の言葉のそのあとに、いたずらっぽく付け加えるのだった。

「――アルちゃんにも♪」



「……お願いします」