それはいつも口に出している言葉だった。
 彼女も、それを云われても別段動じることもなく、笑顔で受け流していた。

 そう、これまでは。





 大きく目を見開いて、すぐに俯く。
 悲し気に寄せられた眉と、揺れるマーテルの瞳に、ユアンは口を閉ざした。

 口から出た言葉は戻らない――――――どこかで聞いた言葉が過る。
 それから、こう続いたはずだ。
『戻らないからこそ、一度口を閉じよ。もう一度よく噛んでから、外にだせ』と。

「……マーテル」

「すみません。
 あなたには無理を云って同行していただいているのに……」

 小さく頭をさげ、マーテルはユアンに謝罪した。
 そして、この話題はこれでおしまい、と打ち切るように、マーテルはユアンに背中を向ける。

 離れ行くマーテルの身体に、ユアンの手は届かなかった。









 それはいつも彼に云われている言葉だった。
 彼女自身も、それを云われても仕方がない、これが自分なのだから、と受け流していた。

 そう、これまでは。





 ユアンの言葉に反論しようと口を開き、また閉ざす。

 『うっとおしい女だ』と、彼にそう云われることは慣れている。
 そのはずだった。
 なのに、今日はどうしてこんなにも胸が締め付けられるのか。
 その理由が見つからない。

 何か反論しようと言葉を探すが、言葉が見つからない。
 言葉を忘れてしまったかのように、思考が別の事にとらわれた。

 目の前の男に嫌われている。
 疎まれている。
 もしかしたら、憎まれてすらいるのかもしれない。

 そう考えると、何も言えなくなってしまった。
 ユアンの瞳に自分の姿を映すことすら厭わしく、マーテルは俯く。

 あまりに長く一緒にいたから、つい彼に甘えてしまった。
 彼は元々ミトスと自分を快く思っていなかったのに。

「……マーテル」

 ユアンに名を呼ばれても、顔をあげることが出来なかった。
 俯いたまま、当たり障りのない言葉を紡ぐ。

「すみません。
 あなたには無理を云って同行していただいているのに……」

 忘れていた。
 自分はユアンに嫌われているのだと。

 小さくユアンに頭をさげて、マーテルは身を翻す。
 そのまま逃げ出すかのように、弟の待つ野営地へとマーテルは走り出した。


何を思ったのか、ユアン×マーテルでございます。
ユアンの発言「マーテルがうっとおしかった」が元ネタになっておりますです、はい。