崩れ落ちるマーテルの細い身体を、ミトスは強く抱き締める。
姉の胸を染める鮮血に、すぐに止血を試みたが……すべては無駄に終った。
刃の刺さった場所が悪すぎる。
人間であっても、エルフであっても……もちろん、ハーフエルフであっても、それはかわらない。
生命が活動を行うにあたり、もっとも重要な器官――――――心臓が刃の下にあった。
「姉さま、姉さまっ!」
流れ出る姉の鮮血に白いケープが染まることも、ミトスには気にならない。
ただ必死に。
どうにかして血を止められないものかと、刃の刺さった姉の胸を押さえた。
「……ス」
姉の唇から微かな吐息がもれる。
温もりの失われつつある手を懸命に動かし、マーテルは傷口を押さえる弟の手に、自分の手を重ねた。
「……ス、……じ、て……
あき……で、人……とハー……える……ら」
ほとんど聞き取れない程小さな声を、ミトスは拾いあつめる。
普通であれば、ただの吐息にしか聞こえなかっただろう。
ミトスは天使化したために成長をとめてしまった身体を疎ましく思ったこともあったが、今だけはそれに感謝する。
天使化した聴力をもつからこそ、姉の今際の言葉を自分の耳は拾い取れるのだ。
「姉さま、しゃべらないで!
こんな怪我、すぐに治すからっ!!」
「…………」
マーテルの唇から、小さな吐息がもれる。
それが最後の『言葉』になった。
むせ返る程の甘い香の中に、3人の男が立っている。
長髪の男は愛しい女性の骸を抱き、鳶色の髪を持つ男は血のついた剣をはらって鞘におさめた。
赤黒く染まるケープをまとった金色の髪の少年は、長髪の男に寄り添いながら俯いている。
「マーテルは……最期に、なんと云っていた?」
マーテルの死を目前に、彼女の細い身体を刃で貫いた『人間』と対峙したクラトスには、彼女の最期の言葉を聞くことができなかった。
「……差別の……差別のない世界を見たい。
……そう、云っていた……」
マーテルの負った怪我に、手の施し用がないと……彼女を自分の腕の中で失うことを恐れ、抱き起こすこともできなかったユアンが答える。
「……信じてって、云ってた。
姉さま、自分を刺したのが人間だって、わかっていたのに……ボクに云ったんだ。
『諦めないで、人間とハーフエルフはわかりあえるから』って」
ユアンとは違う意味でマーテルを失うことを恐れたミトスは、姉の血と共に流れ出る生命力にすがりついたために、彼女の最期の言葉の総てを聞き取れた。
「……本当はね……人も、エルフも、ハーフエルフも……どうでも良かったんだ。
姉さまがいたから、何度裏切られても信じられた。
姉さまがいたから、傷つけられてもがんばれた。
姉さまがいたから――――――」
言葉を区切り、ミトスは自分の手を見つめる。
最愛の姉と、姉を殺した人間達の血に濡れた小さな手を。
「……ボクは、姉さまの自慢の弟になりたかった……
それだけだったんだ。
勇者だなんて、呼ばれたくなかった……」
「呼ばれたくなかったんだよ……」と小さく呟いて、ミトスは拳を握りしめた。
マーテル死亡ネタ。
ミトスにとっての、ターニングポイント。
当時の、各自の想い。