「大変です、大変ですよぅ〜」
小さな少女の甲高い声に足をとめ、黒髪の少年は来た道を振り返った。
緑溢れる森の中では見つけ出し難いが、黄緑の髪をした妖精が何やら必死な顔をして飛んでいる。
「あ、ニコニコさん〜」
と少年の姿を見つけ、少女は安心したのか顔をほころばせた。
「どうかしたのかい? マルルゥ」
「ワンワンさんとヤンチャさんが、大変なんですよぉ」
マルルゥという妖精は人の名前を覚えるのが苦手らしく、あだ名を勝手につけて呼ぶ。
ちょっと聞いただけでは何の事かわからないが、当人達を知っていれば誰もが納得をする。マルルゥのつけるあだ名はその人個人の特徴を正確に捉えてるからだ。
『ワンワンさん』と『ヤンチャさん』もその一つ。
犬のような容姿を持つパナシェだから『ワンワンさん』
子供特有の好奇心の塊といった感じのスバルだから『ヤンチャさん』
そして『ニコニコさん』というのは……
「でも、ニコニコさんが助けてくれるから、もう大丈夫ですね〜」
にっこりと微笑みを浮かべるマルルゥに、少年は先ほど疑問に思ったことを伝えた。
「その、『ニコニコさん』って?」
「はい? 『ニコニコさん』は、お兄さんのことですよ〜」
我ながら良い名前をつけた、と誇るようにマルルゥは腰に手を当てて胸をはる。
「いつもニコニコ笑っているから、『ニコニコさん』なのですよ」
マルルゥに意外な事を言われ、少年は少し驚いた。
「……僕はそんなに、笑っているかな?」
そしてマルルゥも、そんな少年の言葉に驚いたのか目を丸くした。
「笑っているですよぉ。
嘘のニコニコも、時々あるですが。
ヤンチャさん達と遊んでいる時は、本当のニコニコです」
「マルルゥはヤンチャさん達といる時のニコニコさんの笑顔が大好きですよ」と続けて、花の妖精は少年の肩に座る。
「ではでは、ニコニコさんの笑顔を守るために、
ヤンチャさん達を救出に出発するですよ!」
マルルゥが少年の髪を引っ張り、早く行こうと催促する。
少年は、少し複雑そうな顔をしてから、苦笑をもらす。
「これで回目だっけ?
マルルゥの『大変ですよぉ』は」
この『忘れられた島』に流れついてから。
『先生』と呼ばれる赤毛の女性に島中を連れまわされた日から。
島の子供達と出会ってから。
少年の周りはいつも騒がしい。
しかしその騒音は、とても心地良いものだった。