「ニコニコさぁ〜ん」
「お〜い、イスラ〜!」
小さな妖精の甲高い声を追うように、少年の声が続く。
「イスラさ〜んっ」
少し遅れて声がもうひとつ増えた。
イスラには振りかえらなくともわかる。
いつもの子供たちが、自分の姿を見つけて追いかけてきたのだろう。
少しだけ、歩く速度を落とした。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
呼ぶ声が聞こえたはずなのに、先を行く少年は歩みをとめない。
ただ少しだけ、歩く速度を落したことが分かる。
立ち止まり、振り返ることはなくとも……自分たちが追いついてくることを待っているのだ。それがわかったので、スバルとパナシェはゴール前のラストスパートと、気合いを入れて走った。
のんびりと運ばれる……ゴールともいえるイスラの歩み。
ゆっくりと移動するゴールに、駆け足で確実に近づく3つの足音。
手を伸ばせば届く距離まで追いついて、スバルとパナシェはゴールに手を伸ばした。そして二人の手が触れるか触れないか、ぎりぎりのタイミングを図ったかのように……イスラが体をひねり、二人の手を逃れる。
体当たりするかの様な勢いで走っていた二人の手は、そのまま空を掴み、勢いを殺す事もできず数メートル進んだのち――――――盛大に転んだ。
「マルルゥが捕まえるですよ〜」
と少し遅れたマルルゥの突撃。
スバルとパナシェよりも体のサイズが小さいとはいえ、仔猫ほどの大きさがあるマルルゥ。勢いよく頭に飛びつかれては、たまったものではない。
これもまた予測の範囲、とイスラが軽く頭を振り、マルルゥの突撃を避けた。
「あやや〜?」
標的にかわされたマルルゥが、くるくると回転しながら…体を起こそうとしているスバルの頭に衝突する。
「いって〜」
「痛いですよぉ。ニコニコさん、避けるなんてひどいですよ」
「そーだ、そーだ」
マルルゥとスバルは互いに額をさすりながら顔を見合わせ、それから自分たちをそんな目に合わせた人物を睨んだ。
「だって、僕が避けなかったら…4人で転ぶことになったよ?」
痛い思いをする者を、4人から3人にとどめた。
それだけでも上等。
イスラは苦笑を浮かべ、3人を助け起こすために腰を曲げて……足音と人数が合わないことに気がついた。
聞こえた足音は3つ。
パナシェとスバルの2人の足音と……妖精マルルゥはいつも宙に浮いているので……あと1人たりない。
いつもの3人だろう、と思いこんでいた。
それが失敗。
3人に向けられた注意力が、自分の後方……遅れて近付いて来た足音に向けられたのと、足音の主が追いつくのは同時だった。
「つ、…捕ま…え…た〜」
息も絶え絶えな声と同時に、捕獲……というよりは、ただの体当たりかもしれない。3人目の足音の主が、ばふっとイスラの背中に張りついた。
「うわっ?」
「きゃっ!?」
スバルとパナシェを助け起こそうと手を差し出した微妙な態勢での不意打ちに、イスラは前のめりに倒れそうになるのを2・3歩足を運び、踏みとどまる。なんとか倒れずにすんだ、と安堵のため息をついてから、捕獲者の顔を確かめようとして―――――――
「きゅぴ〜っ!」
ピンク色のどこかまぬけな顔をした召還獣の体当たりを受け、全員仲良く地面に寝転ぶことになった。
「まさか、君に捕まるとは思わなかったよ」
「ご、ごめんなさい〜」
体を起こしながら苦笑を浮かべるイスラに、アリーゼはトレードマークのツインテールを揺らしてひたすら謝るしかなかった。
体当たりをするつもりなど、なかったのに。
スバル達と競走している間に、体を動かすのが楽しくなって……つい本気になってしまった。
「きゅぴぴ?」
「もうっ! キュピーもちゃんと、イスラさんに謝って」
一度は踏みとどまったイスラを、結果的に押し倒す原因になった召還獣に、アリーゼは眉を寄せる。
いったい誰のおかげで、こんなに肩身の狭い思いをしているのか。
ふわふわと得意げに不思議な踊りを踊っているキュピーを捕まえて、再び頭を下げようとするアリーゼ。
イスラは謝り続けるアリーゼを止めようと、キュピーを抱いていない手を引き、アリーゼが立ちあがるのを助ける。そしてアリーゼのスカートについた埃を払ってから、スバルたちに目を向けた。
「それで、今日はどうしたの? 彼女まで巻き込んで……大運動会?」
いつもは家庭教師に個人授業を受けるか、その手伝いをし…時々は狭間の領域で手伝いをしているのを見かける程度のアリーゼ。今日のようにスバル達と一緒に走りまわる姿を見ることなど、大変珍しい。
「違うですよ〜」
「今日は何をして遊ぶか、まだ決まらないんだよ」
「だからイスラを探して、一番先に捕まえた奴が今日の遊びを決めよう、て事になって」
「みんなでイスラさんを探していたんです」
「きゅぴぴ〜ぴぴぴ」
かわるがわる口を開く子供達と、それを笑顔で聞くイスラ。
なんだか青空教室の教師にでもなった気分に、苦笑する。
それぞれ一斉に話しかけられて、全てを聞き取るのは難しい。
あの赤毛の青年は毎日こんな大変な思いをしているのか、と少しだけ感心して……
「じゃあ、今日の遊びを決めるのは―――――――――――――――――――