もしも夢を見ている時、「これは夢だな」と気が付いたのなら。
それは最高の夢のはじまり。
かなわぬ事など何もないと、はじめから気付いているのだから。
「ジェリーブルー、起きて」
自分の体を軽く揺する手。
その澄んだ声には聞覚えがある。
ゆっくりと目を開けると、そこには予想どおりの人物……金色の髪を肩で揃えた娘が、スノゥの顔を覗き込んでいた。
少女の名前は『シャトール・レイ』
人形めいた調った顔立ちも、泉のように澄んだ瞳も、スノゥの知る『シャトール・レイ』そのものだが――――――おかしい。
どうにも、違和感がある。
確か……自分は居間に飾られつづける屈辱を忘れるために、拗ねて――――もとい、リィアードの嫌がらせなど相手にするものかと『大人』になって、長い眠りについたはずなのに……
どう見ても、目の前の『シャトール・レイ』はそんなに年をとっていない。
むしろ、以前よりも幼くも見える。
どうにも拭いされない違和感に、スノゥが首をひねっていると。
「寝惚けているの? ジェリーブルー」
『シャトール・レイ』はスノゥと同じように首をかしげた。
その『シャトール・レイ』の後ろから、
「ジェリーブルーは起きた?」
と、『シャトール・レイ』の声が聞こえた。
「お姉様」
と最初にスノゥを起こした『シャトール・レイ』が、『お姉様』と呼ばれた『シャトール・レイ』を振り返る。
「長く寝過ぎたせいで、寝惚けているのかもしれない」
淡々と答える『妹』の『シャトール・レイ』に、『姉』の『シャトール・レイ』はポムっと、手を打った。すると、スノゥの頭上に巨大な水が生まれ―――――
どばばばばばばばばばばばばばっ
「うえっぷっ」
世にも珍しい、ずぶ濡れの『水の王子』の出来あがりである。
「何すんだっ!?」
濡れた髪を子犬のように振って水を跳ね除け、自分に水をかけた『シャトール・レイ』をスノゥは睨みつけた。
すると、今度はスノゥの後ろから―――――
「どうかした? ジェリーブルー」
「妹たちと、水遊び?」
と、さらに二人の『シャトール・レイ』が現れた。
(……どうなってんだ?)
合計4人の『シャトール・レイ』に囲まれて、さすがにスノゥは目が回りそうだった。
(いや、待てよ……確か前にこいつの家にいった時……)
似たような顔立ちのシャトーの姉達を見た覚えがある。それも、普通に考えればありえない人数だったはずだ。
(とすると……これはシャトール・レイの――――――)
考えに没頭するスノゥの横で、いつのまに現れたのか、また別の『シャトール・レイ』―――に似た娘が声を上げる。
「お父様」
その声に促されるようにスノゥが顔を上げると―――
「やあ、スノゥ。良く眠れたかい?」
さわやかな笑顔を振りまきつつ、これまた『シャトール・レイ』に似た娘を三人つれた、宿敵――――もとい。スノゥの本体である宝玉『ジェリーブルー』の番人こと、水の伯爵が立っていた。
「やい、リィアード!
これはいったい、どう言う事だっ!?」
「どう言うこと、と言うと?」
ニコニコとあくまでシラを切る水の伯爵に、スノゥは何年か眠っていたはずなのに、変わってない。と諦めにもにた感情にとらわれた。が……ここで引き下がるわけにはいかない。
「なんで、シャトール・レイに似た娘が、ごろごろゴロゴロいるんだ!?」
そう言っている間にも、『シャトール・レイ』に似た娘は増えている。
水の伯爵とスノゥを囲むように『シャトール・レイ』は18………19人に増えたし、ちらりと屋敷の方に目を向ければ、いくつかの窓から金色の頭が見える。
これはどう異常に考えても、おかしい。
おかしすぎる。
納得のいく説明をしてみろ、とスノゥは水の伯爵を睨みつけた。
「シャトール・レイに似ている?
どこにそんな娘達がいるんだい?
みんなそれどれ違う個性的な顔をした、娘たちじゃないか。
……まあ、確かに母親に似て、みな美人ではあるが」
美人ぞろいの姉妹に、うんうん、と伯爵は満足げにうなずいた。
「そうだ、久しぶりに起きた君のために、娘達を紹介しよう。
今日は珍しく全員そろっているからね」
「右から、長女のアリス、アメリア、アレンビー、アイリス、アリア、アズリア、アクア、アルルゥ、アティ、アルディラ、アイーダ……」と、伯爵が名前を呼ぶと、呼ばれた人物(なのだろう)が微笑んでスノゥに会釈をした。
正直、みな『シャトール・レイ』に見える。
「――――――アドル、アルトス、アトラス、アリオス、アヴィン、アルフレッド……そして最後に……彼女は知っているだろう?
私の愛する妻、シャトール・レイだ」
一通りの紹介を終えると伯爵は、並み居る『シャトール・レイ』の中から1人……なにやら小さな布を大事そうに抱いている『シャトール・レイ』の肩を抱き寄せた。
「ちょっと待て。
ソレは人形だろう、どう見ても」
透き通るような白い肌……っていうか上等の絹そのものの肌と、人毛であろう明るい金髪。透き通る青い瞳は本物の宝石だ。それに人間と良く似た布製の人形も、伯爵のコレクションのひとつである事をスノゥは知っていた。
「ナニヲ言ッテイルノ? じぇるーぶるーッタラ。
私ハしゃとーる・れいヨ?」
カクカクと不自然に口を動かし、『シャトール・レイ』が(どう聞いても伯爵の声だったが)微笑む。
「ソレヨリモ水ノ伯爵。大事ナ子ヲ忘レテイル」
「ああ、そうだったね。これはとんだ失態だ」
「許してくれるかい? 私の息子よ」と、伯爵が『シャトール・レイ』の持っている布を覗きこんだ。
「紹介が遅れて悪かったね」
「いや、待ってないし」
「そんなに照れることはないじゃないか」
「照れてないし、オレが照れる必要はどこにもないだろう」
「紹介しよう。
私の人目の子供にして、待望の息子だ」
伯爵はスノゥの反発を綺麗に無視してから、『シャトール・レイ』の抱いている布包み――――息子を受け取り、スノゥに見せるように腰を落とした。
産着に包まれた赤ん坊の顔は――――――
「ぎゃあああああああああああっ」
がばっと飛び起き、周囲を見渡す。
スノゥの叫び声に起こされたレンドリアに「うるさいっ!」っと枕を投げられたが……
まわりには水の伯爵も、『シャトール・レイ』もどきも居なかった。
かわりにいるのは……叩き起こされて不機嫌そうな顔をした宝玉の王子3人と、心配そうな顔をしているジャスティーン。
「どうしたの、スノゥ?
怖い夢でもみた……って、宝玉って、夢なんて見るの?」
などと見当違いな疑問を口にしつつ、ジャスティーンはスノゥを落ちつかせるように頭を撫でた。
その仕草はどこか、夢の中で我が子を慈しんでいた(?)伯爵のようだったとか。
教訓。
『夢オチとわかっていても、怖いものは怖い』