ひらり、ひらりとレースのカーテンが風に舞う。
 開かれた窓が庭一面の花の香を運び、サンルームにその香りを満たす。
 赤い花びらが1枚。
 眠りの世界の中にいる少女の髪に降りた。

「……風が出てきたな」

 赤い花びらを指ですくい、風の王子は少女の隣に座る。
 隣に王子が座ったことで軋んだ椅子の音に、少女は少しだけ身じろいだ。

「それにしても……よく眠っているな」

 隣に人の気配があるのに、少女は目覚めない。
 今日の騒動で余程疲れたのだろう。
 一族最強の魔術師であっても、可憐な容姿に見合った体力しかない。
 当然、アレだけ走り回れば……うっかりうたた寝をしてしまうこともあるだろう。

「……今日だけだぞ」

 そう呟いて。

 風の王子は少女を抱き上げた。




 ゆらり、ゆらりと揺れる体に、少女の意識は少しだけ覚醒する。
 心地よい、まるで海で揺られているような感じ。
 あまりの心地よさに、再び眠りの世界に引き込まれそうになり、それからゆっくりと彼女の中で疑問が生まれた。

 背中に感じる腕と、頬に感じる胸はとても冷たい。

 それは自分を運んでいる人物の体温のはずで――――――――

(――――――――――――運ばれている?)

 夢うつつに身柄を移動されていることに驚いて、少女は慌てた。
 すぐに目覚めて、情況を確認しようと思うも、体が言う事を聞かない。
 意識は覚醒していても、体はまだ眠りたがっているのだ。
 懸命に目をあけようとするも、わずかに瞼が震えただけだった。

(――――あ)

 目的地に着いたのか、揺れが止まる。
 そのままふわりと柔らかい場所―――――ベッドの上に下ろされた。
 そっと体にかけられる毛布が、花の香りを運ぶ。
 その香りは……ベッド横の花のもので、少女の寝室にあったものだ。

(わたしの部屋……?)

 つまり、サンルームで眠ってしまった自分を、誰かが部屋まで運んでくれたのだ。
 それも、起こさないように、そっと。

 少女を寝かせたあと、ベッドのすぐ側が軋んだ。
 運んできてくれた人物が座っているのだろう。
 優しく髪をなでられ、寝顔を見られているだろうことに羞恥を感じないわけではないが。

 その冷たい手が、運んでくれた人物が誰であるかを教えてくれた。




 眠り続ける少女の髪を梳く。
 柔らかく、しなやかな絹糸のようなその感触を楽しんでから、王子は髪を離した。
 やがて眠り続ける少女の額に唇を落とす。

 それはボロボロになりながらも、必死で救いだしてくれたことへの感謝のキス。

 それからもう一度、今度は瞼に口付けて………少女がぴくりと反応するのを感じた。

 目覚めかけているのか、途中から目覚めていたのか。
 おそらく後者であろう。
 今や眠る少女は………そのまま眠り続けるか、すぐに目覚めるべきか、悩んでいるのが目に見えてわかる。
 いや、狼狽していると言ったほうが正しい。
 呼吸もいつのまにか……安らかな寝息から、緊張感ただよう不自然なものへと変わっている。

 そんな少女の、ある意味正直な姿に、王子はにやりと微笑んだ。

「………寝たふりをしている罰だ」

 そう意地悪く呟いてから。

 今度は少女の唇に、王子の唇が落とされた。