「シルフソード……」
風の宝玉 シルフソードに声を掛けたのは、風の番人たる彼だった。
シルフソードが振り返り見ると、そこには彼だけではなく、小さな少女が一緒にいた。
シルフソード自身幾度か屋敷で見かけたことがある。たしか、彼の娘のはずだ。
「また旅することになるのか」
彼が来るという事とイコールで、シルフソードはそう考えた。
まるで蝕まれるように小さくなっていく<大気の泉>、風がないと生きられないシルフソードにとって、死活問題に値する事だった。
だから、こうして数年間隔で新たな<大気の泉>を探し、そこに棲家を作るようにしていた。
「はい……」
彼にしては珍しく言い淀む。そこまで大した事ではない。むしろ、風の番人としては当然の事のはずだった。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
旅自体、シルフソードは嫌いじゃなかった。むしろ、旅の様に、当ての無い自由な行動は彼の好きな事だった。
「…………この子が、貴方を新たな<大気の泉>へ導きます」
そう言って、彼は少女を一歩前に進ませる。
「お前の娘がか」
「はい」
そう言って、彼は少女の肩を軽く叩いた。
その合図で彼女は魔術を使う。
意外な事に彼は言葉を出せなかった。
彼女が魔力を溜めている時点で魔術を使うのは分かりきっていた。だが、彼女の魔術は、風の番人たる彼に劣らないほどの力だった。
「なるほどな。で、お前はどうするんだ」
「……申し訳ありません。私はもう……」
そう言って、彼は顔を下に向けた。
長年の旅暮らしは彼の足にかなりの負担をかけている。それは、シルフソードにも分かっていた。だが、もう彼女に代替わりするほど体力が落ちていたとはシルフソード自身信じられない事だった。
「……この子なら、旅になれています。だから、私よりも遠くまで<泉>を探せるでしょう」
シルフソードに彼はそう告げる。
「そうか」
「よろしくお願い致します。シルフソードさま」
「ソールでいい。まあ、これから頼むぞ」
シルフソード、ソールの言葉に少女は「はい」と答えた。
この時から、小さな少女は風の番人という大きな肩書きを背負う事になった。
『風の花?』
「はい。もしかしたら、そこに<泉>があるかもしれませんから」
聞いた話を要約すれば、この先にある渓谷には風の花なる物があるらしいというものだった。
シルフソード、ソールが指で書いた文字に、彼女がそう答えを返した。
「それを、探しに行きたいと思いますが……。よろしいでしょうか?」
その言葉にソールはニッコリ笑って頷いた。
元々<大気の泉>を探すのもそうなのだが、普段人が居ないような所に<大気の泉>があるために、先に一歩進むのにもかなりの手間がかかってしまう。
足場の悪いのはもとより、草や木々なども進むのにかなりの障害になっていた。
手に持った杖で木々を払いながら進む。だが、それでも彼女の肌に当たり、肌に傷がついてしまった。
本当なら、簡単に魔術を使って木々を払う事など彼女にはたやすいことだった。だが、そうしなかったのは。シルフソードを守るために、<大気の泉>の風をイヤリングの周囲に封印しているために、彼女は魔術を使えないでいた。
それでも彼女は弱音を吐かずに前に進む。と、今まで木々の先にはうっすらと差し込めていた明かりが強まって来た。森から抜ける。そう思った瞬間、彼女の足は速度を上げていた。
「おい!」
そう、声が耳に聞こえた瞬間、彼女の背中に痛みが走った。
それだけじゃない、足に本来あるはずの感覚が無い。地面を踏みしめるという大事な感覚が。
「きゃ〜〜〜〜〜!!」
体が落ちていく感覚。目が回るほどの速度で変わる景色。反射的に彼女は目をつぶった。
が、いつまで経っても次の痛みが来ない、その上、強く聞こえる風音を不思議に思い、彼女は目を開いた。と、そこにはシルフソードが立っていた。
「まったく……」
ゆっくりと、景色が変わっていくさまが瞳に映っていた。
「あ……」
風が彼女達を包みこみ、ゆっくりと下へと降ろしてくれていた。多分、いや、確実にシルフソードの力だろう。
「気をつけろ。お前が死んだら俺は死ぬんだからな」
「ご、ごめんなさ……」
風の番人として、シルフソードに迷惑をかけたこと、シルフソードに魔術を使わせてしまった事、それらが合わさって、彼女を苛んだ。
「……お前が俺を守るために<風>を封じているのは分かる。だがな、お前まで死んでしまったら意味が無くなるだろうが」
「でも、ソールさまのお手を煩わせてしまって……」
「大丈夫だ。それにここは<大気の泉>ほどじゃないが、空気が清らかだからな」
そう言って、彼が右手を掲げると、そこに風が集まってくる音が聞こえた。
「でも、どうして?」
「あれだ」
そう言って、シルフソードが指した先には、真っ白な雪のような花びらを持つ花が咲き誇っていた。
「あの花がここら辺の空気を浄化してたんだろう。だから、綺麗な空気が出来る」
「なら……、あの花が『風の花』?」
そう言って首をかしげた彼女にソールは素っ気無く答えを返した。
「無駄足……でしたね」
小さく苦笑いを浮かべる彼女の頭にソールは手を乗せた。
「ああ、これからもお前の力を借りるからな」
「あ。……はい!」
そう返事をした彼女の笑顔は、とても明るかった。