【戦士】

 この時代、髪の長い男など珍しくはない。
 師匠であるシジフォスの髪は短かったが、アルデバランの髪は長かった。
 聖域の長たる教皇の髪も長く、双魚宮の主も、そのすぐ下の宝瓶宮の主の髪も長かった。
 そんな時代、環境にあったため、目の前の冥衣に身を包んだ長髪の冥闘士も当然男であると思い込んでいたのだが――違った。
 ひび割れた冥衣ではかえって邪魔になるとばかりに脱ぎ捨てた冥闘士の胸部には、女性の象徴たる二つの膨らみがあった。それも、マニゴルド辺りが見れば喜んで口笛を拭いたであろう立派な膨らみが。

 ――女の子には優しくしろ。

 かつて、シジフォスが自分にそんなような事を言った。
 シジフォスが――というよりも、本来は全ての聖闘士が――至高の乙女と頭上に頂く戦女神の守役として身近く仕えていたからこそ、自分にもそう教えたのかもしれない。あまりそのような自覚はないのだが、自分は無神経で女の子に対しても容赦がないらしい。
 そんな自分が何かの拍子に女神である少女を傷つけないようにという配慮だったのかもしれない。
 師匠の言葉は一応でも心に留め置くことにしている。
 女の子には優しく。
 男の子にするように無神経に触れてはいけない、と。
 けれど――

(……コイツには、女だからって手を抜くほうがダメなんだよな)

 人の心の機微に疎い。
 これまで幾度となく他人から注意を受けてきた言葉だが、これだけは解る。
 たぶん、きっと。絶対に。
 誇らしげに胸を張る長髪の冥闘士。
 良く見れば、冥衣の下から現れた素肌には大小様々な傷跡が残っている。
 女性でありながら体に残る傷跡を隠す素振りもせず、むしろ誇らしげに悠然と微笑む様は妖艶と言って良いほど美しくもある。――冥衣の下から乳房が出てくるまでは男と信じて疑わなかったが。
 目の前の冥闘士は女性であって女性ではない。
 女の部分は彼方へと追いやり、冥闘士として――倒すべき敵として自分の目の前に立っている。
 女性だからと手は抜かない。
 抜いてはいけない。

 それが、目の前の女性へ向けられる最高の優しさだ――そう確信し、レグルスは構えを取った。


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即興小説 ?分指定 お題「女の彼方」
お題忘れちゃった。あと何分指定だったかもわすれた。バイオレートSSなのか、レグルスSSなのか微妙。