「小せぇのに、見込みのありそうなガキでしたぜ」
遠い故郷の地、ジャミールへと使いを任せた弟子は、帰還するなりそう言った。
いったい誰の事を言っているのかと思ったが、そういえば以前、兄が新しく弟子をとったと聞いた気がする。その弟子に、使いで行った先で出会ったのだろう。偶然に出会ったとしても、不思議はない。使いの先は兄の元へであったし、ジャミールは人が住む場所としては険しすぎて、居住可能な場所は限られている。むしろ、出会わない方が不自然であろう。
「シオンと言ったか。確か歳は……」
「11」
「……それは確かに幼いな」
しかし、聖闘士候補生として修行を積ませるのならば、早すぎる年齢ではない。
兄が新しく弟子にしたという事、名前、年齢ぐらいしか知らないが、あの兄が育てるのならば間違いはないだろう。兄の見出した才能を伸ばし、数年後には聖闘士の一人として聖域に迎え入れられているに違いない。
「……なあ、お師匠」
「うん?」
近頃では滅多に聞かなくなった弟子からの呼びかけに、セージは思考をジャミールの地に居る今だ見ぬ聖闘士候補生から己の弟子へと戻す。拾った当初は「ジジイ」と呼び、少し聖域に慣れた頃には色々思うこともあったのか呼び方を「お師匠」と改め、世間一般で言う思春期を迎えては公私を使い分け「教皇様」と呼び始めた弟子が、珍しくも「教皇の間」という公の場で自分を「お師匠」と呼んだ。
これは何かある――そう確信し、視線を弟子に向ける。師の視線を受けた弟子は、先を促されたと思ったのか、舌打ちをしながら顔をそむけてしまった。
「……見込みのなさそうな弟子で悪かったな」
「誰の事を言っている?」
「だから、お師匠が何年も鍛えてんのに今だに聖衣も授けらんねー、出来の悪い弟子で悪かったなってんだよ」
「私は出来の悪い弟子などもった覚えはないぞ」
女性に対しては下半身にしまりのない弟子ではあるかもしれないが。
「見込みはあると思っているし、その手応えも感じている。ただおまえが不安に思うことがあるとすれば……それは私の責任だな」
兄のように何人もの弟子を育て上げてきた経験があれば、自信を持ってもう少し伸びのびと育ててやれたのかもしれないが。セージにとって、マニゴルドは人生で初めてとった弟子だ。弟子を教え導くなど、不慣れどころか初めての体験すぎて、どこで一人前と判断し、手を離して良いのかもわからない。
――子でもあれば、初めての弟子といえどもまた違ったのだろうが。
生憎、セージには子どもはいない。聖域を愛し、守る立場にある教皇という位になってしまえば、妻を娶ることもなかった。セージにとってマニゴルドを育てるという事は、二百年以上生きてきた人生の中で、何もかもが初めての体験となった。
二百年も生きて、今さら初めての体験がある等という事にひそかに驚いたのも懐かしい。
「不肖の師かもしれぬが、出来うるかぎり良いものに仕上げようと努力しているつもりだ。教皇セージ生涯最高の傑作に仕上げてみせるから、おまえは自分を信じて邁進するがいい」
どこか拗ねた様子を見せたままの弟子に、セージはそう言って笑いかける。
そうすると、笑いかけられた弟子は一度こちらへと顔を戻してから、すぐにまたプイと顔を逸らした。
――それは、小さな頃から見せた照れを隠す時の仕草だった。
即興小説 60分指定 お題「素晴らしい傑作」
お題からしてアスプロスしか想像できなくて、そのままアスプロスを書くのもなんか癪だと悩んで制限時間の30分詰まってた(アホ)