「……こうしておまえと会うのも、50年ぶりか」
「56年ぶりですよ、兄上」
自分の大雑把な計算を即座に正す声に、ハクレイは苦笑する。
訂正を入れながら教皇のマスクを外す弟が乱れた銀髪――といっても、歳を考えれば白髪と言うのが正しい――を緩く頭を振って整えるのを待ってから、改めてお互いの顔を見つめた。
まず真っ先に思ったことは、きっとお互いに同じだろう。
――――――皺が増えた。
すでに老齢といってよい年齢に達しているのだ、当たり前のことだった。
「変わりないようじゃの」
「兄上の方は、少し老けましたか?」
「ぬかせ」
他愛のない言葉の応酬に、どちらともなく笑う。
本当に、互いに顔を見ることなど、実に久方ぶりのことだった。もっとも、顔が同じなのだから、見ようと思えば鏡を見れば済むことだったが。
「今日はどうしました? 兄上がジャミールを出るなどと……近年では珍しいですね」
「先日、友人の訃報を聞いてな。今際には会えなんだが、今日墓に挨拶をしてきた」
友人とぼかしはしたが、誰を差しているのかは弟も解ったらしい。僅かに目を細め、遠くを見つめた。
「彼女は長く聖域に仕えてくれました」
「知っておる。わしも散々世話になったからな」
初めて故人にあったのは、双子が聖域に来た日のことだ。
故人は侍女の見習いとして、毎日聖域中を走り回っていた。双子が正式に聖闘士になってからは彼女もまた正式な侍女として彼らに仕え、聖戦の際には近隣の村へ避難させられていたが、聖戦が終了した後、すぐに聖域に戻って今度は教皇となった弟に侍女として長く仕えた。今では一番古い自分達の友人だった。
「……これで、わしらが双子と知る者もすべて先に逝ってしまったの」
「聖戦が終了し、建て直しがひと段落するまでで20年。兄上が聖域を出て行って50……もうすぐ60年ですか。さすがに80年も経てば、世代は変わります」
「そうじゃな」
人の居なくなった聖域を次代の聖戦に向けて一から立て直すことは、歳若い二人には困難を極めた。それでも時間をかけ、少しずつ聖域を立て直し――――――人が増え始めた頃、一つの問題が発生した。
聖戦の生き残りは2人。
教皇の座には黄金聖闘士であった弟がついたが、その兄の実力は弟を軽く凌駕する。
当人達が納得ずくの役割分担であったとしても、周りの人間すべてがそれを良しと受け入れてはくれなかった。
曰く、より力のある兄の方が教皇に相応しいのではないか、と。
当人達の思惑を無視して2つに割れる聖域に、弟は教皇のマスクを目深く被って素顔を隠し、兄は故郷に姿を隠した。
――――――傍から見れば、兄が弟に追い出されたように見えたことだろう。
そうして聖域は再び一つにまとまり、かつての住人が黄泉へと一人旅立ち、二人旅立ちと見送る間に、二人が双子の兄弟であると知る者はついに居なくなった。
「これからは、もう少し頻繁に顔を出すよ」
己の存在がいらぬ騒乱の元にならない、これからは。
「そう、願いたいものですな」
昔から約束を守ったためしのない兄の言うことなど、最初から宛にはしていない。
そう嘯く弟の額を、ハクレイは軽く人差し指で小突いた。