『セージよ、今日一日俺になれ!』
珍しくも朝早くから巨蟹宮に顔を出したかと思えば、理由のわからぬ注文を突きつけて弟の纏った黄金聖衣を剥ぎ取って行った兄に眉を顰める。
聖衣の代わりにと置いていかれた兄の着物に袖を通して姿見を覗き込めば、そこには兄の姿が映っていた。――――――違いがあるとすれば、髪を纏めていないぐらいだろうか。
何か少しでも差異は見つけられぬものかと姿見を睨んでみたが、無駄な徒労に終わる。
無理はない。
自分と兄は双子なのだから。
顔つきはもちろん、体格まで同じだ。
(兄上になれ、と言われても……)
いっそ奔放といっても間違いではない、自分と真逆な性質をした兄を思い、途方にくれる。
「なれ」という事は、衣服を取り替えるだけではなく、「らしく」振舞わねばならないのだろう。
普段の兄の行いを思い起こせば――――――
(……無理だ。兄上の真似など、私には絶対にできない)
少なくとも自分には女神の別邸に忍び込んで茶を楽しんだり、教皇のマスクに蛙を忍ばせたり、侍女の私室に入り込んで女装したり、そのままの姿で仲間の聖闘士を篭絡したりなんて、とてもではないが真似できない。
良く言えば豪胆。
悪く言えばただの傍若無人。
兄には「おまえは気が小さいのだ」等と馬鹿にされることもあるが、兄の場合はそういう次元をとっくの昔に超えている。
兄と自分が似ているのは、外見ぐらいの物だ。
(いっそ、顔に傷でも付けてみようか……)
髪を掻き揚げたことでますます兄の姿になっていく姿見の中の自分に、セージはそっとため息を吐く。
顔に自ら傷をつける等と、五体満足な体に産んでくれた母を思えば申し訳なくて出来ない。
それでは髭でも生やしてみようかとも思うのだが、聖闘士が仕える女神が乙女であることを思えば、不快感を煽るであろう髭は避けたい。
結果として、兄と自分との差は髪を纏めているか、降ろしているか程度のものでしかなかった。
(兄の眉間に皺は……ないか)
奔放な兄に振り回され、自分にはいつしか眉間に皺を寄せる癖がついてしまっている。
今日何度目かのため息を吐きながら、指の腹で眉間の皺を伸ばす。
奔放すぎる兄を問題だとは思うが、なによりも一番問題なのはそんな兄に振り回されることを良しとする自分にあると――――――セージは知っていた。