黄金のマスクを頭上に頂く男を、遠く眺めることは何度もあった。
聖域においては女神に継ぐ地位にある男は、その地位に驕る事もなく、日々を仕事に忙殺されながら聖域中を移動していた。
聖闘士候補生の訓練所へも頻繁に姿を見せる男に、出迎える者達は一様に膝をつく。――自分もその中の、ほんの一人に過ぎなかった。
自分が彼に最も身近く言葉をかけられたのは、聖闘士の資格を得た時だった。
寿ぎの言葉を恭しく頂くその時ですら、まだ歳若い自分は顔を上げることはできなかった。
ただ彼の法衣の裾を見つめ、彼と女神の聖闘士になれたことが誇らしかった。
主の居ない空のマスクを見つめ、小首を傾げる。
このマスクは、こんなにも軽い物だったのだろうか。
かつての主の頭上にあった頃は、見上げることすら不敬に感じた。
弟が継いでからは、兄弟を別つ絶対の壁となった。
「……このマスクはいかんな、顔が見えん」
実質、聖戦を生き残った者が継ぐ高き身位。
青少年が大半を占める聖闘士の中から生まれるために、どうしても新たに生まれた教皇は為政者としては若輩になる。そのため、若輩者よと侮られぬために目深く作られているのか、相手に表情を読み取らせぬための仮面であったのか。
「何年ぶりじゃったかな、おまえと顔を合わせたのは」
久方ぶりの手合わせでもあった。
ついに聖戦が始まったと聖域を訪れた際に手を合わせ、拳をもって無理矢理マスクを外させた。
何年ぶりかでマスクの下から現れた弟の顔は、自分と寸分変わらぬ顔つきをしていた。多少皺が増えた気がしたのは、おそらくお互い様であろう。
「先に逝くとは、兄不幸な奴め……」
以前は触れることすら恐れ多いと感じたマスクを、手の中で玩ぶ。
絶大な権力と責任を象徴するマスクは、手にしてみれば驚くほどに軽い。黄金の輝きを持ってこそいるが、これは金塊ではできていない。聖闘士を統べる教皇とはいえ、所詮は聖闘士だ。まとうマスクも金塊などではなく、黄金に輝く聖衣と同じ材質でできている。
「それとも、これはおまえなりの意趣返しか? 黄金聖衣を押し付け、教皇の位を押し付け、ジャミールで清々と羽を伸ばしておったわしへの……」
人によっては道を踏み外すほどの魅力をもった教皇の位。
それがとうとう自分の目の前に転がり込んできた。
以前にも一度転がってきたが、その時は隣にいた弟に押し付けて逃げ出すことができた。
――――――今はもう、その責任を押し付けられる弟は隣に居ない。
「なあ、セージよ」
自嘲気味に微笑みながら、空のマスクに話しかける。
「わしらはもう十分に生きた」
人の寿命という常識から考えれば、十分どころか3回は人生をやり直してもお釣りが来るほどの長い時間を生きてきた。
「じゃから、良いよな? このマスクはほんの一時預かるだけじゃ」
この聖戦の後、新しく生まれ変わる聖域を導くのは老いた自分ではない。
復興へ向けての手伝いぐらいはしてやっても良かったが、それは弟が生きていた場合だけだ。
弟が生を全うし、宿願を果たしのたのならば――――――