暖かい太陽の光が差し込むある森の中。淡いピンクの花びらをつけた大きな木の前に
ミッシェルはいた。毎年この時期になるとピンク色で埋め尽くされるこの木は、密か
にミッシェルのお気に入りだった。

「・・・今年も綺麗に咲きましたね」

咲いている花は一つ一つがとても小さく、数えきれない。一つの花には五枚の花びら
がついていたり、何枚か散ってしまったものもあるかと思えば、まだ花を咲かせてい
ないのもある。ちょうど満開と言える頃に、ここへ来ることができたのは運が良かっ
た。

すっかり物思いに耽っていると、誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返った。
そこには親友であるトーマスの姿があった。

「よくここがわかりましたね」

「わかりましたね、じゃねえよ。めちゃくちゃ探したぜ」

「それはすみませんでした。ところで、何か用事でも?」

「まあな。・・・それより、何だ?その木は」

珍しい物を見る目で、トーマスがピンク色に咲き乱れた木を眺める。

「この木は『サクラ』と言いましてね。ティラスイールでも珍しい木なんですよ」

「へぇ、ピンク色の花びらをつける木なんて、初めて見たな」

返事はあるものの、トーマスの視線の先は変わっていない。

「エル・フィルディンにはなかったのですか?」

「少なくとも俺は見たことねえな」

「船乗りは花や木とは縁がなさそうですね・・・」

「そんなことないぜ。昔は綺麗な花を見ながらよく・・・そうだ!」

「どうしたのです?」

トーマスの口から「綺麗な花」という言葉なんて初めて聞いた・・・とまあ、そうい
う突っ込みは胸の内にしまっておく。

「お花見しようぜ!」

「お花見ですか。いいですね」

トーマスの提案に、即、賛同するミッシェル。まあ、やることと言えばお酒を飲んで
騒ぐ、くらいのことだから、船の中での宴会とほとんど変わりないと思うのだが。そ
れでも、満開になったサクラの木の下でみんなとお酒を飲めるのは、そうそうない機
会だろう。

「決まりだな。さ、船に戻って、さっそく準備しようぜ!」

「お弁当は私が作りましょう」

用事のことなどすっかり忘れて歩き出すトーマスに、ミッシェルも弁当の献立を考え
ながら後を追うのであった。

翌日。サクラの木の下にはすっかりお馴染みなプラネトス号のメンバーがそろってい
た。

「よぉ〜しっ、次はこのキャプテントーマス様が一曲披露してやるぜ〜!」

「いよっ、大海賊王!」

「ヒュ〜ヒュ〜!」

お花見を始めてから数刻も経たないうちに、ほとんどのメンバーはデキあがってい
た。それはプラネトス号ではよくある日常である。いつもならほんの数杯しか飲まな
いミッシェルも、舞い落ちてくる花びらを眺めながら少し早いペースで飲んでいた。
一応、自分の限界はわきまえているので、酔いつぶれることはない。

サクラの木から目をそらして盛り上がっているトーマス達を見ると、その輪の中から
抜け出してくるルカの姿が目に入った。抜け出したことにほっとしたルカはミッシェ
ルの横にやってきた。

「隣、いいですか?」

「ええ、どうぞ。大変だったでしょう?」

「はい・・・今日はひときわ絡まれまして・・・」

「ここ数日は、みなさん飲んでなかったのですか?」

騒ぎ様がいつもと少し違うことを察してミッシェルが問う。

「三日前に船倉のお酒が切れてしまったんです。本当は昨日買ってきたお酒でそのま
ま宴会をする予定だったのですが、お花見に行くということで今日まで持ち越された
んですよ。お花見を楽しむためだって、キャプテンが・・・」

「トーマスが?」

「珍しいですよね。いつもなら真っ先にお酒に喰らいついてくるのに」

「我慢したあげく、いつもと違う場所で飲む酒は格段にうまいんだ」

いつの間にかルカの背後にいたトーマスが話に割り込んできた。持っていたコップに
酒を入れてルカに手渡し、セリフを続ける。

「こんな珍しい木の下なら尚更な」

「そうですね、私もここで飲んでるせいか、普段よりペースが早いかもしれません」

「ほんとだ、顔が赤いぜ?この調子でたまには酔っちまえよ。ほら、ルカも飲めっ
て」

お酒を受け取ったのはいいものの、普段からあまり飲まないルカはコップに口をつけ
ずにいた。

「トーマス・・・私達がダウンしたら誰が皆さんを介抱するんですか」

「このキャプテンに任せろって」

「あまり信用できませんね・・・」

こんなセリフが出るのも無理はない。いつも酔っ払いを介抱するのはミッシェルとル
カの役目で、トーマスが介抱役にまわったことなど、一度もないのだ。

相変わらず盛り上がってる船員達に、ミッシェルは目を向ける・・・が、何やら取っ
組み合いをしているようだ。そのうち、一人がサクラの木に突き飛ばされ、ぶつかっ
た振動で花びらがより多く散ってしまう。

見かねたトーマスが「始まったか・・・」とぼやきながらケンカを止めに行く。・・
・が、アルコールの入った彼らの荒々しい気がそう簡単に治まるわけでもなく、トー
マスはいつものように実力行使に出ることにした。

トーマスの次の行動を察したミッシェルは慌てて静止の声をかける。

「トーマス!魔法を使ってはいけません!」

「ファイヤーボール!」

時すでに遅し、詠唱を終えたトーマスは魔法を発動させ、争っていた二人に向かって
投げつけた。

「うわちちちち!」

「あちぃ、あちぃ、あちぃ〜!」

ファイヤーボールは見事、二人に命中し、背中から火を出すことになった二人の船員
は喚きながら暴れまわっている。・・・が、これがいけなかった。

火の粉が彼らの後ろにあったサクラの木に飛んでしまい、次の瞬間、太い木の幹から
音を立てて火が燃え上がった。

「うわぁ!木が燃えてるぞ!!」

「誰か、水!」

「まかせとけって、ほりゃ〜」

すると、完全にデキあがった船員が何か水らしき物を火に注いだ・・・が。

「お前、それ酒じゃねえか!アルコールぶっかけてどうすんだ!」

アルコールのせいでますます火の手が強くなり、とうとうサクラの木全体が炎に包ま
れてしまった。

しかしその一瞬の後、ミッシェルが魔法で出現させた大量の水がサクラの木を覆い尽
くした。そして水が消えると同時に現れたのは、木の形をした黒い燃えカスへと変わ
り果てたサクラの木の姿だった。

茫然とする一同。ほろ酔い気分だったトーマスも、一気に酔いが覚めてしまった。こ
の後、何が起こるかを予想しながら・・・。

「・・・トーマス・・・覚悟は出来てますね?」

すでに酔いの覚めたトーマスだったが、ミッシェルに名を呼ばれてさらに青ざめてい
く。・・・口調は穏やかだが、ただならぬオーラがミッシェルから吹き出ているのが
わかる。この木がミッシェルのお気に入りだと知っているだけに、バツが悪い。け
ど、わざとではないし、自分だけが原因じゃないからいい訳くらいなら聞いてくれる
かも・・・。

「俺だけのせいじゃないって、な?ケンカしていたあいつらに火をつけたのは俺だ
が、木に火がついたのは事故だ、事故。うん」

「ええ、わかってますよ」

ほっとするトーマス。しかし、その安著は瞬時に破られることになる。

「ですが、何も木の側で炎の魔法を使うことはないでしょう。あれは完全にあなたの
ミスですよ」

「だ、だから・・・あれはだなぁ・・・」

「・・・リーン・カルナシオン!」

ずずっ。

「ふぅ。このお酒、ちょっとキツイかな」

ミッシェルの魔法がトーマスと船員達を成敗してる最中で、やっとお酒を飲み始めた
ルカが一人つぶやいた。

「結局、ミッシェルさんがキャプテンたちを静める所までいつもと変わらないんだか
ら。船の上じゃないのがうれしいけどね。修理しないですむし、エンジンの心配もし
なくていいし」

プラネトス号で宴会をしている時と全く同じな今の状況を見て、ルカに穏やかな笑み
がこぼれる。なんだかんだ言って、結局は平和なのだ。

「さて、僕もいつも通り、救急箱の用意をしましょう」

持って来てよかった、とつくづく思いながら、救急道具一式が詰まった箱を抱えて、
ルカはサクラの木と同じ状態になってしまったメンバーたちのもとへと駆け寄った。

余談だが今回の件で、このメンバーとはもうお花見はすまい、とミッシェルが思った
のは言うまでもないことである。

END


プラネトス号のメンバーでお花見。最後には約2名を残して燃え尽きてしまいました
(汗)
ティラスイールにサクラの木なんてあるのか?という質問は不可です(笑)
今年も綺麗に咲いてくれるといいですね〜。