芸術と森林の国メルへローズの都市エキュル。そこから少し森の中に踏み入ったところにその工房はあった。人形師ロゼットとその孫娘アイーダの住むロゼット工房。うっそうと木々が茂るこの森にはいつもひんやりとした空気が漂っている。
・・・はずなのだが。
「あー、暑い。」
「ほんと、もうぐったり。」
一人の男と一人の少女がべったりとテーブルに懐いていた。
いつもなら涼しい風が吹きぬける工房も、今年はどう言う訳かうだるような暑さだった。夏もまだ盛りを迎えていないと言うのに、連日猛暑が続き、暑さに慣れていないアイーダはすでに暑さでへばっている。
もう一人、はるばるエル・フィルディンから愛しい恋人の顔を見にやってきたトーマスも、この暑さには閉口していた。甲板にぎらつく太陽には慣れているのだが、海の暑さと陸の暑さは質が違う。海上では日が沈めば涼しい風が甲板を吹きぬけるのだが、ここでは夜になっても蒸し暑いままなのだ。さすがのキャプテン・トーマスも暑さには勝てないらしい。
「なんとかしてほしいぜ、この暑さ。」
「ほんと。風はないし、蒸し暑いし。その上・・・。」
アイーダの視線が部屋の反対側に向く。トーマスもその視線を辿って溜息をついた。そこには彼の友人の魔術師がローブをまとい涼しげな顔をして座っていた。アイーダとトーマスはひそひそ声で会話を交わす。
「(まったく、ラップの奴はどういう体をしているんだろうな。この暑さの中、ローブを纏ったまんまだぜ?)」
「(ミッシェルさんは暑くないのかもしれないけど、見ているこっちのほうが暑いわよ。)」
「(あのローブの中では風が吹いていたりしてな)」
「(・・・ありうるかも・・・。)」
本人は良くても回りのものは見ているだけで暑苦しい。
「いいわよね、トーマスは暑いの慣れてるでしょ?あたし、暑いの大っ嫌い。」
「俺も嫌いになった・・・。水浴びでもしなきゃやってられないぜ。」
「!」
アイーダが突然何かを思いついたように顔を上げた。
「ねえ、トーマス。泳ぎに行こうよ。」
「泳ぎに?」
暑さのせいかトーマスの反応は今一つ鈍い。
「んもう!か・い・す・い・よ・く。ジラフに海水浴に行こうって言ってるの!」
ようやくトーマスは理解したらしい。
「そりゃあ涼しくて良いだろうけど、俺水着なんて持ってきてないぞ?」
アイーダはにっこり笑う。
「だいじょーぶ。ペドロとカプリのがあるから。」
「へ?あいつら泳ぐの?」
間抜けな質問を返したのは暑さのせいばかりでは在るまい。ロゼットが作りアイーダがあやつるパペット達なら泳ぎくらいできるかもしれないと思ってしまうのだ。
「まさかあ。暑いから気分だけでもと思って作ってみたの。」
そう言うとアイーダは自室に下りていき、一抱えもある布を持って帰ってきた。
「これがカプリ用。こっちがペドロ用。柄もいろいろあるんだよ。あ、これなんかトーマスどう?」
そこには彼の愛鳩?のポッポが描かれていた。
「こ、これはちょっと・・・。」
他にもプラネトスII世号とか、ペドロとカプリのニ頭身キャラクターとか、木人兵とか・・・。跳びリスなんてかわいいほうだ。
「俺、これでいい・・・。」
辛うじて無地に近いものを指差してトーマスが言う。
「えー、それ?地味じゃない?」
「地味なのがいいの!」
トーマスの強硬な主張にアイーダは渋々ひきさがる。
「ねえ、ミッシェルさんは?」
二人の会話をにこにこと聞いていた魔術師は、アイーダの問いに慌てず騒がず答える。
「いえ、私は結構ですよ。」
「(ラップの奴が泳ぐと思うか?)」
「(残念。ミッシェルさんの海パン姿見てみたかったのに。)」
「(何でそんなもの見たいんだよ。)」
とにかく三人は暑さを逃れるためにジラフの海まで出かけたのだった。
「あー、やっぱり海辺は気持ちいい!」
海からの風がアイーダの服をはためかせる。
「ちょっと着替えてくるね。」
そう言ってアイーダが灯台の影に隠れた間にトーマスもさっさと着替えてしまう。
「あんたはいいのか?」
トーマスの問いにミッシェルは頷く。
ま、いいか。泳ぎたくなれば自分でなんとかするだろ。
視線を戻したトーマスはその場で思わず硬直してしまう。
視線の先には水着姿のアイーダ。
以外と着やせするタイプだったんだな。
思わず考えて、赤面する。
「どう?変かな?」
アイーダは恥ずかしそうに恋人に問い掛ける。
「ぜんぜん変じゃない!可愛いよ。」
「トーマスもカッコイイね。」
見ているほうが赤面したくなる会話が続く。だが、唯一の目撃者はそれくらいでは赤面しない。もうこれくらいのことでは赤面しないようにならされてしまったのだ。
「泳がないのですか?でしたら私は一足先に泳がせていただきますよ?」
友人の声に我に返った二人ははっと気付く。
「泳ぐって・・・」
「ミッシェルさん、水着・・・」
魔術師はにやりと笑ってローブを払った。
なんとローブの下には・・・ローブとお揃いの水着!
「こんなこともあろうかと、準備は万端です。」
嬉しそうな魔術師はご丁寧に準備体操をすると、颯爽と海へ入っていったのだった。
「(あれなら涼しいよなあ)」
「(ミッシェルさん、ずるい)」
呆気に取られた恋人達はそう言ったとか言わないとか。