暑い、なんでこんなに暑いんだ。喉を伝う汗を腕でぬぐうが、ぬぐう側からまた流れ落ちる。

 「トーマス、トーマス。起きて下さい。」
聞きなれた友の声に渋々目を開ける。それにしても暑い。
眩しい日差しに無理矢理目を開けて・・・。
「どわーっ。ラ、ラップ、な、なんだそれは。」
「なんですかその反応は。失礼ですね。」
失礼と言われたって。
 そこにいたのは確かに自分の友人ではあるのだが、それはローブを纏い、杖を持ったいつもの彼ではなく・・・。
腰に腰巻き、手には槍。何を塗りたくったのか、真っ黒な顔に笑った目だけが白い。
 「この辺りではこれが正式な衣装のようですからね。私も着替えてみました。」
しゃらっと言う友人はこの格好に全く抵抗がないらしい。着替えたというよりは脱いだと言ったほうがいいと思うのだが。
「思ったより快適ですよ、涼しくて。生活の知恵ですね。」
俺はといえば、呆気に取られて何も言えない。口はパクパク動くのだが、頭の中は真っ白。
 海の果てを目指して進んでいた俺達が一つの陸地を発見したのは、確か昨日の事。上陸は明日にしようと昨晩は船で休んだはずだが・・・。
 「甲板なんかで寝たら日射病になりますよ。よくこんな所で寝れますね。」
その口調には少し嫌味が込められている。
「私はもうとっくに一仕事済ませて来てしまいました。」
その仕事の結果がこの格好なのか?
「ラップ、その、いつもの杖はどうしたんだ?」
やっとの事で口から出た質問に友人は得意そうに槍を振る。わ、危ない。そんなもん振り回すな。
「いいでしょう、これ。ちょっと魔法で杖の形を変えてみました。やっぱりサバンナには槍でしょう。」
それから俺を見て言う。
「あなたの剣も変えて差し上げましょうか?」
「い、いい。遠慮しておく。」
「・・・そうですか?」
慌てて剣を背中に隠した俺に、ラップは残念そうな顔をする。そんな顔をしたって駄目だ。ぜーったい駄目!
「残念ですが、まあいいでしょう。それよりあなたも早く支度をして下さいね。土地の方が夕食に招待してくれるそうですから。」
支度?支度って・・・。
ラップが一枚の布を差し出した。それは奴の腰に巻きついているものと同じ・・・。
「な、なんで俺が。」
思わず後ずさる俺に奴は冷たい視線を注ぐ。
「当たり前でしょう?キャプテンのあなたが行かなければ他の方が参加できないじゃないですか。」
黒い顔の中の目が弓なりに細められ、にたりと笑う。
「大丈夫、すぐ慣れます。ほら、『郷にいれば郷に従え』というではありませんか。船員の皆さんもそろそろ着替え終わる頃ですから。」
ぽいっと布切れを俺に放ってよこす。
「早くして下さいね。じゃあ、私は先に行っていますから。」
そう言うと希有な魔術師・・であるはずの友人は船のタラップから飛び降り、槍を振り上げ「ほっほー」と雄叫びを上げながら素足でサバンナを駆けていった・・・。

 「トーマス、トーマス。何をうなされているんです。」
飛び起きた目の前にはローブを纏った友人の姿。
はぁ、夢か。どうやら甲板で居眠りをしてしまったらしい。どうりで暑い訳だ。
「何か用か?」
「あなたにいい物を見せようと思って」
嬉しそうな友人が背後から取り出したのは・・・一本の槍だった。