がちゃ。
あれ?
がちゃがちゃ。
あれ?どうして開かないんだろう?
「どうした、アイーダ?」
「ん、ドアが開かないの。」
アイーダの言葉に、彼はベッドから降りてくる。素肌にシーツを引っ掛けただけの姿。目のやり場に困って目をそらしてしまう。未だに恥ずかしい。
 がちゃ。
「あれ?なんでだ?」
トーマスが首をかしげる。このドアは外からは鍵はかからないし、手前に引いて開けるから、ドアの後ろに物が置いてあるなんてことも考えられない。しばらく考えて彼がひとつの可能性にたどり着いたとき、まるでタイミングを図ったかのようにドアがノックされた。
 「どうぞ。」
だが、ドアは開かず、代わりに中空から一人の男が現れた。
「テレポートしてくるのにわざわざノックするのか?」
ちょっぴり嫌味を込めてトーマスが言う。
「いえ、あなたのほうに準備が必要かと思いまして。」
さらりと言ったミッシェルだが、その意味は明白だった。アイーダが首まで真っ赤になる。なぜなら彼らは先ほどまで他人に踏み込まれては困るような状況にあったから。
「(こんなことならちゃんとシーツを直しておくんだったよー。)」
乱れたベッドが気になって、自然アイーダの視線がそちらを向く。
「まあ、そろそろ大丈夫かと思って来たのですがね。」
お願い、そんな風にちらりとベッドを見ないで。
だが、トーマスは動じない。
「ああ、待たせたなら悪かったな。」
「早く来すぎるよりはマシです。」
なにか二人の会話に刺が生えているように感じるのは気のせい?それにそんな会話をされたらあたしはどうすればいいのよー。二人ともあたしがいることを忘れてない?
アイーダの内心の叫びもトーマスとミッシェルの二人には関係ない。
「で?これは何の真似だ、ラップ?」
「何の事です?」
「しらばっくれるな。ドアを開かなくしたのはあんただろう?」
え?そうなの?
「私は皆からのプレゼントを届けに来ただけです。」
にっこりと笑うミッシェルにトーマスが嫌な顔をする。こいつがこういう笑顔をするときはなにか企んでいる時だ。いつも微笑んでいるミッシェルだが、トーマスにはその笑いの区別がつく。
「何を企んでいる?」
「企んでいるだなんて人聞きが悪いですね。私はあなた達にすばらしい時間を提供して差し上げようと思っておりますのに。」
ミッシェルさん・・・なんか怖いよ?口調がいつもよりさらに丁寧になっているのが、なおさら不気味。
「・・・で、その怪しげなプレゼントとは?」
ミッシェルが笑顔のままドアを指差す。
さすがに訳がわからず首をかしげる二人に、彼はあっさりと言い放った。
「あのドアは開きませんよ。これからしばらくの間、あなた達はこの部屋の中だけで過ごしてもらいます。これがプレゼント。」
「おい、ちょっと待て。どういうことだ?」
慌てるトーマスにミッシェルは楽しそうに解説をする。
「私の忍耐力にも限界があるということです。これからエル・フィルディンまで延々あなた方ののろけ攻撃を受けたのでは皆の神経が持ちませんからね。少しばかり強硬手段をとらせていただきます。」
呆気にとられる二人を尻目にさらに一言。
「船中がピンク色に染まってしまっては、せっかくルカが塗りなおしてくれた白いペンキが無駄になります。」
それはちょっと違うのでは・・・。アイーダはそう思ったが、今のミッシェルに反論する勇気は彼女にはない。
「そんな・・・食事はどうするんだよ。」
ようやくショックから立ち直ったトーマスが言う。
「ご心配なく。三食ちゃんと私がここへ運びますよ。もちろんテレポートでね。」
ドアは開けてやらないよ、そう言っているのだ。
「でも俺は船長の仕事が・・・。」
「大丈夫です。ルカの了承は得ていますから、大部分は彼がやってくれますよ。」
「だがな、」
「なんでしたら、書類も私が持ってきて差し上げてもいいですよ。」
いや、それは遠慮したい。トーマスが小声でぶつぶつ言う。
「では、そういう事でいいですね?」
あのー、あたし良くないんだけど・・・。
「大丈夫です、アイーダさん。食事はちゃんと持ってきますし、必要なものがあれば言ってください。あ、フォルトくんとウーナくんも承知していますから。」
「あいつらー、後で覚えてろよ。」
トーマスが拳を握って背後で吼えているが、アイーダにはそれどころではなかった。
ここから出れないって、もしかしてずっとトーマスと二人きりって事?誰にも邪魔されずに?
そう思ったとたんアイーダの顔が真っ赤になる。
「おや?どうしたのですか、顔が赤いようですが?」
・・・ミッシェルさんって結構意地悪だったのね。
「では、私はこれで。昼には食事を持ってきますから。」
それから笑って言う。
「テレポートの前に、一応ノックはしますから。」
「うるさい、さっさといけ。」
はいはい、おー怖。そう言っておどけて見せると、ミッシェルは宙に消えた。

 残された二人はどう反応していいかわからずおたおたしている。アイーダはベッドの端に腰掛け、トーマスが部屋の中をうろうろと歩き回るのを見つめる。
 トーマスはすっかり困ってしまった。この狭い部屋から一歩も出れない、それも一人じゃなくて最愛の相手と二人きりというのがかえってまずい。この新婚ほやほやの状態でそんな状況を作られたら。自分がとる行動は一つしかないじゃないか。苦笑いしてはたと気づく。
くそっ、ラップの奴それが狙いか?
ありがたいような、ありがたくないような。確かにこの船にいる限り自分は船長で、その仕事から解放されることはない。毎日の雑多な仕事、船は航路を外れていないか、船員達の調子はどうか。そんなことは副長のルカにでも任せておけばいいのだが、自分の性格がそうはさせない。船室にアイーダを残して毎日甲板へ出ていってしまう自分への、ちょっと荒っぽい友人の好意。(いや、好意は30%くらいだな。残りはきっと奴自身が楽しむために違いない。)
 トーマスはため息をつくとベッドに腰掛ける。仕方ない、この部屋から出れない以上どうにもならない。ミッシェルの思惑に乗るのは癪だが、乗せられてやるとするか。彼は覚悟を決めた。たまには欲望に忠実になったって罰はあたるまい。
「しようがない、出れない以上じたばたしたって無駄だからな。この状況を楽しむさ。」
アイーダに向けて笑ってそう言うと、彼はベッドにごろんと横になった。
「楽しむって何を?」
アイーダが首をかしげる。
「アイーダと二人きりの時間を。」
そう言うと彼は手を伸ばして彼女を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっとトーマスったら。誰か来たらどうするのよ。」
慌ててもがく彼女をぎゅっと抱きしめる。
「だから誰もこないようにラップの奴がドアを封鎖したんじゃないか。」
そう言いながら彼の手はアイーダの体の上を移動していく。

 意外と着やせをするんだということはつい最近知った。だが細身ながらもしっかり筋肉のついている自分と比べれば、彼女は遥かに細い。その体をぎゅっと抱きしめると、苦しいよと笑いながら腕の中でもがく。力を入れたら折れてしまうのではないか、そんな不安を抱かせるのに、その腕は槍を持ち、パペットを操らせれば、右に出るものはいない。大事な俺のアイーダ。
 思わず腕に力が入り、またしてもアイーダがもがく。
「トーマスってば、そんなに力を入れたら動けないじゃない。」
笑って抗議するその様子がなんともいとおしく、このまま皆から隠してしまいたいくらいだ。
「動かなければいい。このまま俺の腕の中にいれば。」
「もう。トーマスってば。」
恥ずかしいなぁ。そう言いながらも彼女の体から力が抜け、その体重が俺にかかる。同時に、伸ばした手がシーツをまとっただけの俺の胸に触れる。体温の高い俺と違い、指先が少しひんやりしている。その指先を掴み、細い指にそっと口付けた。指に沿って唇を動かしていくと、彼女がくすぐったそうな顔をする。そのまま腕、肩と動いていき、その細い首に顔を埋める。アイーダの匂い。エキュルの森のようにすがすがしい香り。彼女の髪が顔をくすぐり、思わず顔を振ると、アイーダのからだがぴくりと動いた。また一つ彼女の敏感なところをみつけて嬉しくなる。
「どうした?」
わざと尋ねてみると、いつもとは違う細い声が返ってくる。
「な、何でもない。」
「そうか?」
ちょっと意地悪をしたくなり、髪に埋めた鼻先で再び彼女の首筋に触れる。
「や。・・・わざとしているでしょ?」
ちょっと膨れたしぐさもかわいらしい。
これ以上はこの体勢では厳しいな。俺は彼女を胸の上からどけるとそっとベッドに横たえた。
「アイーダのそういう顔を見たかったから。」
そう告げると唇は再び移動を開始する。首筋から喉を這い上がり、頬、耳、こめかみと移動する。額に口付けし、閉じられたまぶたの上を通って戻っていく。それから閉じられた唇にそっと近づき、軽くついばむ。何度も触れるとその唇がほころんで俺を誘う。
 苦しくなるほどの長い間があって、再び唇が離れていく。アイーダがそっと息をついた。何度触れても甘い唇。昨夜も今朝も散々ついばんだというのに飽きることがない。

 外は明るい日差しが溢れている。窓からさす光が部屋の一角だけを照らし出し、いつもの仕事に勢を出す船員達の声が遠くに聞こえる。なんだか不思議な気分だ。日の明るいうちから彼女を腕に抱いているなんて。これからはずっと彼女のそばにいる、彼女がそばにいてくれる。結婚したんだな、急にそういう実感が沸いてきた。

 肘を突いた手で彼女の髪をなでながら、もう一つの手は彼女の形をなぞっていく。
「トーマス、外は明るいよ。」
「関係ないさ。嫌かい、俺のお姫様?」
「ばか・・・。」
こぶしが軽く胸を叩いた。

 ノックの音にも気づかぬ二人。それはそれは甘いハニーウイーク。