甲板からマストを振り仰ぎ、その帆の眩しさに目を眇める。手を額に翳しながら目を凝らすと……いた。マイルは横静索(シュラウド)に駆け寄ると段索(ラットリン)を駆け上った。
「ああ、こんな所にいた。探しちゃったよ。」
トップから海を見詰めていた彼の友人が振り向いた。
「ここからの眺めはいいな。ルカが船を下りないのもわかる気がする。」
アヴィンは再び海に視線を戻す。
「ルカはもう立派なこの船の副長だもの。トーマスの片腕だしね。」
マイルは友人の義弟の顔を思い出す。7年ほど前に初めて会った時は、機械を扱う腕こそ大人顔負けだったものの、まだ少年の域を出ていなかった。だが、今ではすっかり海の暮しにも馴染み、このプラネトス二世号になくてはならない人物となっている。
「それはわかっている。だが、ルティスはルカを手元に置きたいみたいだな。俺には何も言わないけどわかる。」
「アヴィンがアイメルを手放したくない様に?」
アヴィンがマイルを見て苦笑する。
「わかっているんだ、いつまでもアイメルを手元に置いていられはしないって。あいつが兄離れしているのに俺が妹離れしていないんじゃあな。あいつにもいい相手がいるみたいだし、俺もいいかげん覚悟しなくちゃ。」
 マイルはアヴィンの横に並ぶと、トップから海を眺める。マストの上から見る海は、甲板から見るよりずっと広く感じる。後にして来たのはヴェルトルーナ。あの向こうには彼らを待つ人のいるエル・フィルディン。
 「しょうがないよ。人は成長するためには何かを手放さなくちゃ。一旦手放して、それからもっと沢山のものを手に入れるんだ。」
アヴィンは友人の顔を見詰めた。7年前、一度はこの友人と妹を失った。だが、結局二人を取り戻し、新たに妻と義弟を得た。
「そうだな。一旦アイメルを手放して、それからもう一人義弟を得ることになるのか。」
「賑やかになるね。」
「そうだな。」
故郷で待っている妻と子供、妹の顔を思い浮かべる。
「ルティスが恋しい?」
マイルがにやっと笑みを浮かべる。
「そ、そんなことない。せいせいと羽を伸ばしているさ。」
「うそ。顔に書いてある。パルマンさんとアリアさんにあてられたんでしょ。それともトーマスとアイーダかな。」
アヴィンが怪訝そうな顔をする。
「何?気が付いていなかったの?」
マイルが呆れる。
「アヴィンって本当にそういうこと鈍いね。あんなに見え見えだったのに。」
「で、でもあの二人って20歳近く年が離れているんじゃないのか?」
マイルがちっちと目の前で指を振ってみせる。
「関係ないって。あのアイーダがそれくらいのことでトーマスを諦めると思う?」
「……たしかに。」
あの明るくてしっかりとした子ならトーマスにはお似合いかもしれない。
「でも、そうするとミッシェルさんが独りになってしまうな。」
アヴィンは下の船室にいるはずの男を思い出す。7年前には大変世話になった。だが、それだけでなく彼はあの魔術師の男が好きだった。トーマスのようなため口を利けるようなタイプではないが、その深い知恵と希有な魔力、なによりあの人格を尊敬していた。だが決して近寄りがたい人物ではない。10歳という年齢差にもかかわらず彼らは友人であり、今回の話があった時も「奥さんと子供がいるのに申し訳ないのですが」とミッシェルが言った時喜んで同行することを承知したのだった。
マイルがそんなアヴィンを見てにっこり笑う。
「心配しなくても大丈夫だよ。だって、アヴィンが結婚したからって僕たちが疎遠になったりしなかったでしょ。」
そう、そうだな。たとえトーマスが結婚したってあの二人はきっとあのままだろう。トーマスはこれからも船であちこちを巡り、ミッシェルはフォルト達に言ったようにこれからティラスイールのシャリネの整備に奔走するのだろう。そして時々会っては、ずっと一緒にいたかのように共に過ごすのだ。
 やがて、我が家のあるエル・フィルディンに着く。妻にも子供にも早く会いたい。だがその一方で、彼は年上の友人達ともう少し一緒に過ごしたいと思うのだった。
 「おい、マイル。お前なんか用があってここまで俺を探しに来たんじゃないのか?」
ふと思い出してアヴィンが問う。マイルは目を見開いた。
「あー、忘れてた。トーマスが僕たちを呼んでいるんだよ。ルカに頼まれて探してたんだ。」
アヴィンは慌ててトップから甲板を見下ろす。そこに彼はトップに立つ二人をじっと睨む義弟の姿を見つけたのだった。