「ひとつだけ、思い出せました」
静かにつぶやいて、娘は差し出された見舞いの白い花を受け取る。
白く優美な線を描く清らかな花に、姉妹と呼べる少女の面影を重ねて。
「陛下、私の名前は『イザベル』といいます」
少女を想い、浮かぶ涙を隠すように俯き、娘は白い花を抱き締める。
鼻孔をくすぐる甘い香りは優しい。
挫けそうな自分を叱ってくれているのではないか――――――そう思うのは、自分の思い込みだと、わかっている。
あの優しい少女は、自分達の選んだ道を拒絶した。
自分のしようとしていることを、少女が肯定することはない。
ゆえに、彼女の協力が得られるはずもない。
「ではイザベル、聞かせてほしい。
余は何か失敗をしてしまったのだろうか?
その花は、そなたにとって悲しい思い出を呼び起こす物だったのだろうか?
余はそなたの失われた記憶を取り戻してやりたい。
そう願っている。
しかし、それがそなたを苦しめるのならば――――――」
「違います、陛下」
静かに言葉を遮り、俯いたまま娘は続ける。
「この花に似た人を、知っていました。
彼女が私をイザベルと呼んでいてくれました。
とても大切な……友達だったのだと思います」
はらりと溢れる涙を、娘は慌てて拭う。
彼女を想って泣く資格は、自分にはない。
彼女の願いを拒み、民を守るため――――――目の前の男を利用するために、記憶喪失まで演じているのだ。
誰かのためにも、自分のためにも、涙を流す資格はない。