テーブルに並べられたスープ皿と、彼女用の踏み台にのって不安気にこちらを見上げているに、それがマーテルの企みであるとクラトスは気がついた。
『……おいしくない?』
彼女独特の言葉で、はつぶやく。
その言葉の意味はわからなかったが、スープとクラトスの顔を見比べて不安気に揺れる黒い瞳に、食材が苦手だというだけの理由で『不味い』とは言えなかった。
「……いや、なんと言うか……」
クラトスは冷や汗が背筋を流れるのを感じた。
はっきり言って、味など感じない。感じていない――――――と信じたい。
むしろ思いこみたい。
「……酸味と、……独特の匂いと、
いや、本当に……なんと言うのか……素材の味を見事に引き出していて……」
愛娘をがっかりさせないように、なんとか誉めようとクラトスは言葉を探すが、トマトの前に、その努力は空しくも空回りする。
元々苦手な食材を、無理に誉めようとするほうが無理なのだ。
苦悩のすえに、クラトスは言葉ではなく、態度で示すことにした。
すなわち――――――
「すごかったわね。クラトスの食べっぷり」
食器を洗いながら、マーテルは隣でお皿を拭く手伝いをしているに微笑む。
マーテルの優しい微笑みをうけて、もこくりと頷いて嬉しそうに笑った。
結局、言葉で誉めることのできなかったクラトスは……無言でトマトスープを飲むことで、に『美味しい』と答えることに成功した。
苦手な食材を一気に食べ、さすがに今は寝こんでいるが。
「明日はユアンの『大好きな』お野菜を使って、お料理しましょうね」
にっこりとマーテルが笑うと、もつられて微笑む。
その可愛らしい微笑みに、マーテルは苦笑を浮かべた。
クラトスが、無理をしてまでトマトスープを飲み切った気持ちがわかる。
これには誰も叶わないだろう。
少なくとも、マーテル本人を含め、の家族たちは彼女にメロメロだ。
この笑顔を守るためならば、嫌いな食材であっても、笑顔で食べ切る。
人間嫌いのユアンであっても、それは変わらない。
この手を使えば、彼らの好き嫌いもいずれは直すことが出来るだろう。
ユアンの次は、ミトスのために料理をさせよう。
そう予定を立てて、マーテルは小さく微笑んだ。
(2005.11.13.UP)