背筋を伸ばして顎を引く。

 まっすぐに前を――――――クラトスを見据えた。

 黒い瞳は、ゆらがない。

 漆黒の髪が風に舞った。



 これが本当に自分たちが育てた娘だろうか。
 記憶にある少女は、常に自分たちの後をついて歩いていた。
 ミトスに手をひかれ、マーテルに抱かれ、ユアンの背を借り、クラトスの肩に座っていた小さな少女。
 小さな少女は、吹く風にも耐えられず、手折られそうな印象をあたえる可憐な乙女へと成長した。

 ただし、言葉の前に『一見』が必要となる。

 可憐な乙女の実態は、養母の資質を引き継ぎ、誰よりも頑固で融通がきかない。
 曲がったことは許せずに、どんな強敵であっても屈することはない。
 笑顔を武器にかえるマーテルとは違い、ユアン仕込みの毒舌と、ミトス仕込みの無邪気さを武器にする最凶の愛娘。

 昔はクラトスと目が合うと、顔が怖いと泣き出したりもしたのだが。
 今は向い風に……今回の場合はもう1人の養父クラトスに立ち向かう勇気と力が、の中にはしっかりと芽吹いていた。

 それが、クラトスにとっては悪い状況をつくり出す物であっても。

「絶対ニ、ついていくノ。
 お留守番は、いや」

 ちくちくと刺さるの視線から、目を反らしたのはクラトスだった。
 ミトスとユアンはすでに諦めている。
 の保護者達は総じて彼女に甘い。
 多少の無茶な要求であっても、それをフォローするだけの力を保護者たちが持っているので質が悪い。
 今回もは地上に現れようとしている魔王を封じるため、出かけようとしているクラトス達について行きたいと駄々をこねていた。

「……そうだ、土産を買って来よう」

「この前もソう言って、忘れた」

「今回は忘れない」

「この前もソう言ってた。
 ちナみニ、『お土産を買っテくる』っテ約束は、過去36回守られてナい」

 むっと眉を寄せるに、クラトスもつられて眉を寄せる。

「……多すぎないか?」

「ちゃんと数えた。
 クラトスが約束やぶるたびニ、チェすノ駒を机ニ飾ってたノ」

 クラトスは言われて思い出す。
 のためにと用意された部屋には、ベッド、クローゼット、書架、机と1人でのんびりと過ごせるようにあらゆるものが揃えられている。その机の上にユアンが教えたチェスの駒がいくつか並べられていた。不規則な並べ方から、時々『片づけなさい』と注意を促していたが……よもや、そういった理由から並べていようとは思わなかったが。

「……気をつけることにする」

「ん。気をつけてネ」

 言い逃れ出来ぬ証拠を提示され、クラトスは軽く項垂れる。
 それを見て、は満足げに微笑んだ。






(2005.11.22.UP)