マーテルに拾われたは普通の人間である。
当然、時を止めた養父母であるクラトス達と違い成長する。
ゆえに、時々散髪をする必要が生じた。
「……じゃあ、今日は肩ぐらいで揃えましょう」
用に用意した髪きり挟みを手に持ち、マーテルが微笑む。
まとまって切りやすいようにと、水を含ませた髪を櫛で梳きながら、マーテルは『だいたいこのぐらいかしら?』と髪の長さをに示しす。
後ろから聞こえるマーテルの声にが振り返ろうとすると、『危ないから、じっとしていなさい』とユアンに顎を固定されてしまった。
『短いのが好き』
ユアンに頭を捕まえられ、は変わりに足をゆらゆらと動かす。
じっとしているのは苦手だった。
『短い方が、動きやすい』
肩を竦めては注文を出すが、マーテル達に自分の言葉は伝わらない。
そう思い出し、はユアンの手をとり、そこにエルフが使う文字をつづった。
「?
短い……方が、木に登っても……髪……引っ張られなくて、好き……?」
読み上げる養父に、はにっこりと微笑むと、続きをつづった。
「オボーさん、くらい、が、理想?
……『オボーさん』とは何だ?」
自分達の育てている子供が独自の言葉を話し、教えてもいない知識を持っていることは承知している。……その理由まではわからなかったが。
を拾った張本人であるマーテルが、その不可思議な事実を『そう言う事もあるでしょう』などと軽く受け入れているので、仲間達はあえて気にしないことにしていたが――――――稀に、知らない単語を使われると困ってしまう。それがいったいどう言うものなのか、が覚えた限りのエルフ語で養父母に説明するしかないのだから。
は小首を傾げて考えると、すぐにユアンの手に『オボーさん』の説明をつづった。
「……怪我、ない……?
マーテルがおまえの髪を切り始めて何年たったと思っている。
怪我をさせるような失敗は……違うのか?」
つづりの間違いに気づき、はユアンの手に書いた文字を寝でて取り消す。
それからもう一度ゆっくりと文字をつづる。
「……毛、が、ない……?
……毛がないのか? 『オボーさん』とやらは?」
ユアンの問いに、はこくりと頷くと、『オボーさん』を説明しているのか、自分の頭をくるりと撫でた。
つまり、毛がない。
髪の毛はいらない、と。
これにはさすがのマーテルも反対した。
「だ…ダメです」
常ならばのおねだりには無条件降伏するマーテルが、珍しく拒否の姿勢を取る。
「髪の毛がないと、私がの髪を結って遊べません。
毎日、今日はどんな髪型に結おうかなぁって考えるのは、私の楽しみなんですから」
きゅっと後ろからの小さな身体を抱き締めるマーテルに、はのんきに『今髪の毛濡れてるから、母様も濡れちゃう』と考えた。
毎朝髪を結うのを楽しみにしているというマーテルには悪いが……遊び盛りのにとって、伸ばし放題になっている髪は邪魔物でしかない。
川で泳げば水を含んで重くなるし、森を走れば木々の枝に髪が絡まる。
たしかに結うことで多少は軽減されるが……髪を切った直後の身軽さまでは望めない。
どうせ切るのならば、一気にさっぱりしてしまいたい。
『じゃ、クラトス父様ぐらいでいいから、いっぱい短く』
の言葉を理解することはできないが、『クラトス』という単語だけ聞き取れた。
養父母は顔を見合わせると、厳正なるくじ引きの結果手に入れた権利『の髪を洗う』という仕事を終えたばかりのクラトスを見る。
クラトスの髪は、一般的男性としては長めであるが、仲間の内では一番髪が短い。
『ついでに、クラトス父様みたいに前髪で顔半分隠して、
漫画の主人公キャラみたいに、ツンツンした髪の毛がいい』
ユアンの手をとり文字をつづる事をせずに、は身ぶり手ぶりでマーテルに自分の要望を伝える。
その要望は正確にマーテルに伝わったわけではないが――――――
すみやかに却下された。
(2005.11.22.UP)