初めて『怖い』と思った。
愛娘ではなく。
妹でもない。
一人の女性として抱き締められて、初めてわかった。
「……あたシが、お婆ちゃんに、なっても、スきで、いてくれる?」
力強く抱き締める手の持ち主を見上げ、は首をかしげる。
「私はおまえが赤ん坊のころから見守って来たのだ。
老女であろうと、童女であろうと、が自身であることに変わりはない。
たとえおまえが老女になろうとも……愛し続けるだろう」
「それとも」と言葉を区切り、クラトスは視線を彷徨わせた。
この話題はが一番嫌う。
養父母であるマーテルとユアンの願いであっても、頑に拒み続けるソレ。
「老女になるのが嫌ならば、おまえもハイエクスフィアを――――――」
「それは、イヤ」
しっかりとクラトスの体を抱きしめて、は鳶色の瞳を睨み付ける。
眉を寄せながら拗ねた表情を見せるところは……昔から変らない。
ある日マーテルが拾った赤ん坊。
大樹カーラーンを再生させるために、彗星デリス・カーラーンの100年の一度の恵みを待ちながら、四人で育てた小さな命。
人間であるは、恵みを待ち続けた時間と同じだけ確実に歳月を重ねている。
ミトスの腕に納まるほとの小さな赤ん坊だったは、今やクラトスと並んでも親子と間違われることはない。マーテルの隣に立てば姉妹のように見えるし、ユアンの横に立てば美男美女。一枚の絵画のようにしっくりと落ち着く。いまだに『兄さま』と呼ぶミトスの身長も、最近――――――5年前に追い越している。
養父母であるクラトスたちは、一切の時を止めているというのに。
人間とはそういう生き物だ。
エルフやハーフエルフとは違う。
とても寿命が短い。
天使化し、時を止めいるとはいえ、クラトスも人間だ。
人間の命の短さは十分に知っていたが……乳呑み子から一人の女性へ。その成長を見守ってしまった今……短い命がより儚く見える。
「あたシは、人間とシて、母サまたちの、ソばにいたいの。
時間のとまっちゃった、母サまたちが、自分たちが生きているって、忘れないように」
死は誰にでも平等に訪れる。
これは生きている限り、絶対だ。
死ぬ命があるからこそ、生まれる命が尊ばれる。
それをクラトスたちが忘れないように。
時を止めたの家族たちが、自分たちが生きていることを忘れないように。
は人間として、彼らの隣にいなければならない。
そして、人間として……彼らを残して逝かなければならない。
「あたシが、お婆ちゃんになっても、スきでいてね」
が覚えている限り1ミリも伸びていないクラトスの髪をひっぱりながら、その胸に甘えた。
同じ空の下に、今生きていようとも。
クラトスとの死別は必ず訪れる。
それが時を止めた彼らの時間から見れば、瞬く間の時間すら残されてない事を知りながら。
共に生きる方法があることを知りながら、はその道を選ばない。
人間として、彼らのそばにいることにこそ、意味が有る。
人とハーフエルフは共に居られる――――――
それを証明したかった。
(2005.11.10UP)