「……誰だ、おまえ?」
真紅の瞳に見下ろされ、はゆっくりと瞬いた。
そして、極普通の疑問が唇から洩れる。
「あんたこそ、誰?」
瞬きながら見上げる少年の顔に見覚えはない。
と、云うよりも――――――少年の顔どころか、目の色、髪の色にも見覚えはない。
少年の目は真紅。
色素の薄い人間アルピノ―――白子とも云っただろうか―――にしか表れないはずの血液と同じ『赤』。
そのくせ、髪は琥珀色をしている。
少年に『色素が薄い』という事はないらしい。色素が薄いのならば、少年の髪は銀に輝く白髪であるはずだ。
「言葉は話せるのか。初めての結果だな」
「はぁ?」
最初こそ当惑ぎみにを見下ろしていた少年は、今は何やら考えるように顎に手を当てている。大人びて見える仕種はさまにこそなっているが……からしてみれば、なんとも滑稽な絵面だった。
「……立てるか?」
「あたりまえでしょ」
少年の失礼な物言いに、は気分を害しながらも立ち上がる。
見上げている時はすらりと背の高い少年に見えたが、立ち上がってみればやはり『子供』だ。少年の身長はの胸程までしかなかった。
「……って云うか、ここドコ?」
立ち上がり、目線のあがった世界であらためて辺りを見渡す。
見なれない少年と、見なれない部屋。
あたたかそうな毛布の広げられたベッドと、分厚い本の並べられた本棚。ヤカンのかけられたストーブは少々奇妙な形をしていて、勉強机には絵のない本が積まれている。ついでに云うのなら、その机の上に漫画本らしきものは一冊もない。
「僕の部屋」
部屋を見渡すからすでに興味がそれたのか、少年は机に向かう。
その動きを目で追い、窓に気が付いた。
「……なんで、雪が降ってるの?」
の記憶が確かならば、今は雪が降るような季節ではなかったはずだ。
「雪は雨と一緒だよ。空気中の――――――」
「……っていうか」
少年の言葉を遮り、は窓辺に近付く。
聞きたいことは、雪が降る仕組みではない。
「あんたの部屋って云った?」
「云った」
外気との気温の差に、白くくもった窓を撫でる。
ひんやりと冷たい指先に、は瞬く。
「なんで、わたしがあんたの部屋にいるの?」
「気が付くのが遅い」
何ごとかを帳面に綴り終え、少年はペンを置く。
真紅の瞳を細めながら、少年は改めてに視線を向けた。
「おまえは僕が作った複製人間だ」
自信ありげにそう宣う少年に、は瞬く。
(複製人間? このガキ、何莫迦みたいなこと云ってんの……)
「生きた人間のレプリカ情報はまだ足りなかったから、
そのへんの魔物のデータを混ぜたけど……それが失敗かな。
変な知識が染み付いているみたいだ。
まあ、そのおかげで――――――」
「ふざけんな、糞ガキ!」
は、何やら意味不明―――ではあるが、不快な事に代わりはない―――な事を語る少年の襟首に手を伸ばし、逃げられる。
「人間が人間を複製なんて、できるわけがないでしょ。
一応、人体に対するクローン実験はまだ禁止されてるはずだし、
なにより『わたし』は『わたし』!!」
「クローン実験?」
の口からもれた『クローン』という言葉に、少年は首を傾げた。
話に対する『食い付き』が、これまでと明らかに違う。
少年曰く、『いきなり部屋の中に現れた』というへの対応は冷静な物であったが、『クローン』という単語には明らかな好奇心が見て取れる。先程は避けたの手を、今度は自分から捕まえた。
「って、反応するのはソコかっ!?」
「『クローン』って何?
創世暦時代の言葉? 技術?
おまえの言葉からすると、複製と同じような技術みたいだけど――――――」
「…………よく解った」
少年の赤い瞳に宿った好奇心に、は逆に冷静さを取り戻す。
つまり、目の前の少年は――――――
「あんた、自分の興味をそそる内容以外は、全てスルーするタイプでしょ。
しかも、それで周りに迷惑とか心配かけても気付かないタイプ。
もしくは、なんで心配されるのかすら理解できない莫迦」
「莫迦と云われたのは初め――――――」
「じゃあ、あんたの周りの大人全部莫迦」
少し話しただけの印象だが、少年はいわゆる『天才児』なのだろう。
を見下した喋り方と、言葉を聞き流し、自分の好奇心を満たすために、新しい話題に食い付く姿勢。
まるで他者との付きあい方を知らない子供。
普通ならば親がしつけ、学校等でできる友人達の間で身に付けていく『人付き合い』という術を、目の前の少年は身につけていない。
学歴社会で生きる現代っ子や英才教育を施す親にありがちな、学問以外にとりえのない子供なのだろう。こういったタイプは、総じて挫折に弱い。
閑話休題。
学問ができる、と喜んだ親が、少年に学問以外を……『人付き合いの術』を教えなかったのだろう。
「――――――とりあえず、わたし達はお互いに認識がはげしく違うようだから、
相互理解を兼ねて、落ち着いて話さない?」
「僕は十分落ち着ている。
落ち着きがないのはおまえの方だ」
しれっと答えた少年に、ぴくりとの眉ねが動いた。
(……我慢、がまん)
眉間に寄せられた皺を伸ばしつつ、はつとめて冷静に話を続ける。
「とりあえず、最初に戻ろう。
ここ、何処?」
「僕の部屋」
「それは最初に聞いた」
「最初に答えたからな」
「…………そういう事を聞いているんじゃなくて」
「何処だ? と聞いたから、僕の部屋だと答えた。
もう少し範囲を広げるのなら、『僕の家』になる」
「……そろそろわざと答えているとしか思えなくなってきた」
「だろうね」
「って、わざとかっ!!」
ビシッと少年にツッコミを入れるも、『クローン』という単語を聞いた時程の反応はない。
「じゃあ、僕から質問するよ。
おまえ名前は?」
「年上に向かって、『おまえ』とは何だ」
背筋を伸ばして椅子に座り、澄ました表情はとても大人びて見えるが、少年は明らかによりも年下である。
「トシウエニムカッテ・オマエトハナンダ。
変わった名前だな」
「……わざとでしょう?」
「もちろん」
「…………」
とりあえず、相互理解のための話し合いが終わったら、少年の両親には合わねばなるまい。
そう、は心に誓った。
「わたしは『』」
「僕は『ジェイド』」
ようやく聞けた少年の名前に、は少年―――ジェイド―――にも解るようにため息を付いた。
「ようやく不毛な会話から抜けだせた気がする……」
「不毛な会話は、誰のせいだ」
(あんたのせいでしょ)
ぴくぴくと動く眉を押さえ付け、はジェイドから情報を聞き出すために会話を続ける。
「……で、ジェイド、君? の家なのは解ったけど……
君って、外国人だよね?」
なんで日本人の自分が外国人と一緒にいるのかな? とは引きつった笑みを浮かべた。突然ジェイドの部屋にいた、という事はしぶしぶながらも理解した。それまでの景色とまるで違っていたので、自分が移動して来たのであろう、とも判る。判るが……自分がどのような手段を用いて、何故ジェイドの部屋に移動したのか。それが解らなかった。
「外国人? まあ、『外国』と云える国はあるにはあるけど、
普通、ひと目みただけではキムラスカ人、マルクト人の違いは判らな――――――」
「キムラスカ? マルクト?
白人とか、黒人とか、黄色人種とか、モンゴロイドとか、アジアンとかじゃなくて?」
「ハクジン? コクジン? オウショクジンシュ?」
聞き慣れない単語にが首をかしげると、ジェイドもつられたように首を傾げた。
それから、互いに姿勢を正して相手と向き合う。
「……なんだか」
「ふざけている場合じゃ、ないみたいだね」
30分後、ジェイドは状況を正しく理解した。
その3時間後、ジェイドに説明を受けたは、ようやく事態を受け入れた。
曰く。
・ジェイドは複製人間―――レプリカ―――を作る実験をしていた。
・なんらかの偶然か要因か奇跡が働き、複製人間ではなく、『地球』に住むという女性を産み出し―――世界or星をこえて呼び出し―――てしまった。
・意図してやった事ではないので、を元の場所に戻す事は不可能。
……という事らしい。
「――――――で、間違いないと思う」
状況を理解してからすでに3時間経っているからだろうか。
どこかのんびりとした口調で、ジェイドはに告げる。
「……あんた、自分の失敗は、自分でちゃんと責任持ちなさいよ」
「10に満たない子供に、何をさせる気?」
「って、10才以下っ!?」
落ち着きはらった所作に、てっきり少し背の低い生意気ざかりの中学生ぐらいか、と思っていたが違うらしい。
「今年のシルフリデーカン22の日で、一応10才になる」
「ってことは今9才。
一人前の言葉を吐いても、所詮養育者の庇護の元惰眠を貪る扶養家族……」
「そう。か弱い子供だよ」
「あんたのどこら辺がか弱いのか、激しく気になるけど……」
とりあえず、『元の場所に戻れない』と太鼓判をおされたには、そんな小さなことよりも大きな問題がある。
「まずはあんたの親にあって、責任の所在を追求しないと、ね……」
(2007.9.13 修正)
文章、まだまだ不調。