「あ、そこには大切な書類がありますから……気を付けてください」

 そう注意するぐらいならば、こんな場所を選ばなければ良い。
 そう思ったが、は口をつぐむ。
 ――――――正しくは、口を塞がれる。
 ジェイドの唇によって。

「……大佐、あの……」

 いち早く不自然な体勢に気がつき、ついばむような口付けの合間には体勢を直そうと後ろに手をつき、冒頭と同じ注意を受ける。
 の背中には、ジェイドの机に広げられた『大切な書類』。
 普通に立っているのならば、そんな所に倒れ込む事はない。
 普通に……そう、机の上に座らされていなければ。

 それにしても――――――体勢がおかしい。
 机の上に座らされているのもおかしいが、口付けをするジェイドは明らかに……を被いかぶさっては来ていないだろうか?
 それも、書類に気をつけろ、と退路まで塞いで。

 慎重に書類と机のすき間を探し、そこに手をついては体勢を整える。
 被いかぶさるジェイドに対し、腕の力だけで体を支えた。



「いい子ですね〜」

 がくりっと沈みかけたの体を、ジェイドは背中に腕を回して支える。
 讃美の言葉にのせて、口内に舌を侵入させたらば、もおずおずと舌を絡めて答えた。

 キスをするのは恋人同士か新婚夫婦ぐらいだ――――――というに、ジェイドが口付けの仕方を教えた。
 故郷でも古風な考えの方だと語る少女には経験がなく、触れるだけの口付けも刺激が強かったらしい。
 最初の頃は、唇はもとより、頬や額に口付けるだけで頬を紅くそめ、ジェイドから数歩下がって逃げていた。
 それが今は……求めれば辿々しくはあるが、答えてくれる。
 稀ではあるが、自分からねだってもくる。
 唇をねだるよりさらに希少だが、愛を囁くこともある。

「大佐……?」

 呼吸の合間に囁く甘い声。
 とろりと蕩けたの漆黒の瞳に誘われ、最後に深く口付けて唾液を流し込むと、はこくっと咽をならした。

「んっ……」

 離れた唇から、飲み干せなかった唾液が一筋こぼれ落ちる。
 それに気がついたが、恥ずかしげに頬を染めて指で拭いとった。

 ジェイドに背中を支えられているとはいえ、片手のみで上体を支えた不安定な姿勢。
 問題はない。
 ジェイドとの行為がこのまま終わるのであれば。

 常ならば、これ以上の行為は行われない。
 仲間内には鬼だの冷徹だのと言われているが、にジェイドが無理強いをする事はなかった。
 ジェイドは奥手+純情+男性経験一切無しのの心情を考慮して(ピオニー陛下曰く、『ジェイドは調教を楽しんでいるだけ』との事)自身もさすがに疑問に感じる交換日記から(アニス曰く、『大佐の精一杯の嫌味だよ』との事)関係を始めた。がフォニック言語を理解する前に、大佐が日本語を覚えてしまった事はとりあえず割愛して、真昼間、それも職務時間中に自身の執務室でをどうこうしようなどと……約半年の付き合いを持つも考えない。
 また、普通の良識を持ったものならば、当然それ以上のことはしない。

 背中に回された腕から解放され、は自力で上体を支えるために机に手を戻す。
 常より長めの口付けが終わったのだから、ジェイドは自分を机から下ろしてくれ、仕事に戻るのだろう。
 そう考え、は自分を机の上から退かすため、ジェイドの手が伸びて来るのを待っていたのだが……一向にジェイドは動かない。
 机の上に座らされているため、宙に浮いているの足を見つめ、ジェイドは「ふむっ」と慣れた仕種で眼鏡を直した。




「あ、そこには大切な書類がありますから……気を付けてください」

 3度目の台詞。
 それに答える余裕はにはない。

「あ、あの……大佐っ!?」

 いい加減、生真面目にジェイドの言い分など無視して『大切な書類』なるものを踏み付けてやれば良いのだが。
 そう思い切れるではない。
 両手で上体を支えた不安定な姿勢でジェイドに抵抗できるはずもなく。
 足首を持ち上げられ、は内股に力を込めるが、もともとバランスの悪い姿勢。満足に力は入らない。
 結果、あっさりと開かれた股の間からジェイドの顔が見えた。

「……なかなか煽情的な眺めですね」

 組みしかれながらも自分の言葉を守り、書類を踏み付けまいと懸命にこらえる
 薄い下着越しとはいえ、誰にも見せたことのない部分を曝け出され、羞恥に染まる頬が愛らしい。
 ジェイドの視線から逃れようと、頼りない力をこめて震える白い股が逆に男の嗜虐心をそそるということを――――――は知らない。

「……あの、大佐。
 恥ずかしいから……そろそろ下ろしてください」

 足、もしくは自身を、机の上から。

「おや?
 自分から『下着を下ろしてくれ』なんて……言うようになりましたね」

「言ってませんっ!」

 言葉じりを捕らえ、自分の都合の良いようにねじまげるジェイドに、は彼が楽しんでいるとわかった。
 わかっていても……羞恥から滲む涙は止められない。
 が、涙をみせればジェイドを喜ばせるだけなので、は悔しげに顔を反らす。
 その反応すらも楽しいのだろう。
 ジェイドは咽をならして笑った。



「……知りませんっ!」

 取りつく島もなく返す
 その足首を解放すると、はすかさず足を閉じようと力を込めるが……ジェイドが動く方が早かった。

「キスをしましょう」

 言い終わるや否や、の唇に落ちてくるジェイドの唇。
 優しく触れる柔らかい唇よりも、開かれた足の間――――――秘部にふれるジェイドの腰に緊張した。

「キスだけなら、こんな姿勢でなくっても……」

「いえ、唇にではなく――――――」


「こちらの口に」と続けながら、ジェイドはの下着に唇を落とす。
 瞬間。
 耳まで紅く染めたが上体を支える手を離し、ジェイドの頭を捕まえようともがくが、バランスを崩しては書類の上に倒れた。

「っつ〜……」

 したたか背中を打ったが、そんなことは気にしていられない。
 今にも股布をずらし、彼曰く『こちらの口』に唇を落とそうとするジェイドの頭を捕まえた。

「大佐っ!」

 は抗議の声をあげ、涙目になりながら睨むが、効果はない。
 逆に「大切な書類があるから、気を付けてください。と言いましたよね?」と文句を言われてしまった。

「大佐、ダメです。
 こういう事は結婚した夫婦か、結婚を前提とした恋人同士がすることであって……」

 情けなくも律儀に書類から体を起こし、両手で上体を支える姿勢にもどりながらは抗議を続ける。
 自分の内股の間で笑うジェイドを、恨めしげに睨みながら。

「大丈夫ですよ、
 このまま私があなたを犯しても、あなたは私を嫌いになれない。
 あなたがそれほど私を愛してくれているのを、知っていますから」

「少し恥ずかしがり屋なだけですよね」と続けて『こちらの口』に唇を落とす。
 別の唇から羞恥をふくんだ悲鳴が聞こえたが、唇と同じように舌をからめると、やがて甘い響きをふくんだ悲鳴に変わった。





 余談だが、執務室前の取次ぎ役にとってはたまったものではない。