彼はとても頭が良い。
 いや、頭が良いというのも間違いではないが……感が良いと言った方が正しいかもしれない。

 だからこそ、は窮地に陥れられていた。

 言いたくない事がある。
 別にそれは、今すぐに言う必要はないし、旅が終われば別れる仲間達に伝える必要もないことだ。

、答えられないのですか?」

 高い位置から見下ろす紅い瞳に、は畏縮する。
 静かな威圧を放つジェイドの瞳から逃れようと足掻くが、体が動かない。
 視線を息苦しく感じ、が胸元に手を寄せると、ジェイドの腕がそれを掴んだ。

「あなたは視線の高い相手を話をするのが苦手でしたね。
 それでは――――――」

「これなら話せますか?」と手ごろな石に腰かけて、ジェイドがを見上げる。
 捕まえた腕を引き寄せ、逃げ出すことができないよう、の腰に手を置くと、手の置き場に困ったはジェイドの肩に手をつく。
 しっかりとジェイドに捕らえられ、瞳を反らすことすらできないくせに、居心地が悪そうには眉を寄せていた。

「珍しいですね〜
 大佐が他人の話したくないことを詮索するなんて」

 緊張をとかないを宥めるように、アニスが口を挟む。その横でガイが咎めるようにジェイドを睨んでいた。

「そうだぜ、らしくない。
 あんただって、詮索されたくないことぐらいあるだろう」

「詮索されて、困ることですか?」

 ガイの言葉にも目を反らさず、ジェイドはを見上げる。

 会話としては、対した内容ではない。
 ただの世間話レベルと言える。
 詮索されて、『困る』ことはない。
 たた『触れないで』いて欲しかっただけだ。
 そう、普通の人間であれば、そんなことには触れない。
 多くの人間にとって、自分の認識する世界が世界の全てなのだから。
 多少特殊な人間がいたとして、それに気がつくことはない。

「私はただ、の生まれた場所の公転周期を聞いているだけですが?」

 ジェイドの不思議な物言いに、ガイは首をかしげる。
 おかしなことを聞く。
 公転周期など、オールドランドに住むものならば、わざわざ人に聞かなくても解ることなのに。

「おーい、旦那。
 自分が何いってるか、わかってるか〜?」

「そういえば、ガイはグランコクマではずっと宿屋でしたね。
 ……アニスと、イオン様も。
 ちょうど良い機会です。説明していただけますか?」

 グランコクマで、ガイは宿屋にいた。
 カースロッドを解呪するために、イオンとアニスも宿屋に残った。
 当然、3人は……ピオニー陛下に対して、が語った荒唐無稽な話は説明されていない。ルークはともかく、あの場にいた常識人であるティアとナタリアも、の話を信じているとは思えない。
 ジェイドにも……信じてもらえるとは思わなかった。

「……あの話、信じるの?」

 緊張から掠れたの声に、ただ事ではないと、ガイとアニスは姿勢を正す。
 迷いを浮かべながらも反らされないの瞳に、ジェイドは小さく頷いた。

「あの話を肯定すれば、つじつまが合う。
 あなたの預言への無頓着さも、世間知らずさも……成長速度も。
 、あなたはもしかして――――――」

「私たちの約半分の時間しか、生きられないのではありませんか?」と紅い瞳に問われ、は小さく息を吐いた。
 ジェイドの瞳は嘘を見抜く。
 およそ、他人に『信じてくれ』などと言えない生まれにあるので、その分嘘はつかないのはが自分で決めたことだ。
 あえて触れずに、ありのままの関係で、仲間たちと歩いていたかった。

「大佐、この姿勢は失敗」

「今は顔、見られたくない」とジェイドにだけ聞こえる声で呟いて、額を重ねる。
 顔を見られたくないのは、逆に言えば他人の顔を見たくないと言うこと。
 自分にとって真実であっても、およそ荒唐無稽な身の上話。目を見て語る勇気はもてない。
 しかし、ジェイドは嘘で誤魔化すことを許さない。
 些細な嘘すらも見抜いてみせる、と目を反らすことを許してくれないので、かわりには自分の目を閉じた。

「……なんでオールドランドにいるのかは解らない。
 気がついたらタタル渓谷にいて、ティアとルークが横にいたの。
 私の生まれた所……星は、太陽系第三惑星『地球』。
 自転周期はオールドランドと同じ24時間。
 公転周期は……365日。
 それと、大佐は一つだけ間違えてる。
 私から見れば、大佐達が――――――」

「私の倍以上生きるんです」と呟いては自分の手を握りしめた。
 その緊張から冷たくなった手に、ジェイドの手が重ねられた。

 腕の中に捕まえているのは、姿の同じ『別の生き物』。

 そう割り切る事は――――――誰にもできない。
 人として、掛けた心をもつ男であっても。