明かりの消えた孤児院を見上げ、ヒックスは一人ため息をはく。

「あてが外れたかね……」

 を上手く使えば、イグラシオに決意をさせることも容易になると思っていたのだが。
 ヘタをすると、イグラシオを説得する以上にの方が手強い。
 どこかぼんやりとした雰囲気で操りやすそうに見えた娘は、なかなか強情で賢い。血気盛んな村の男を誘導すれば簡単に蜂起へと持っていけると思っていたのだが、の横槍によって蜂起へと向かうはずの集会は『時を待つ』という結果に落ち着いた。
 息巻く男達にたった一人で意見を述べた勇気は、間違いなくイグラシオへの想いだとは思うのだが――――――いかんせん、本人にその自覚はない。
 自覚はないながら、自分の身を危険に晒すことよりも、イグラシオの負担を可能な限り減らすことを選んだ。

 ヒックスは食堂で聞いたの言葉を思いだすと、もう一度ため息を吐く。

『イグラシオさんが否定するなら、そうなんです』

 頭からまるっとひと飲みにイグラシオを信頼しているに、ヒックスは渋面を浮かべる。
 のあの様子であれば、証拠を揃えたところでイグラシオを領主に、とは動かないだろう。そもそも、揃えるべき『生きた証拠』は頑なに否定して認めない。イグラシオが誰の息子で、誰の孫なのか、を。

 イグラシオを動かせるかもしれない可能性を持つ2人の女性が住む建物を見上げ、ヒックスは独り言つ。

「時を待つのも大切だが、
 動かなきゃいけない時だってあるんだぜ、お嬢ちゃん?」

 そう呟いて、ヒックスは孤児院に背を向けた。