東の空がしらじらと明るい。
あと数分もすれば夜明けだろう。
日の出を観察するなど、見ようと意識して挑まない限りは滅多にできない体験だ。せっかくなので少し体を起こして――――――と考える余裕のある者は誰一人としていない。
皆、今夜の野営地と定めた海岸に打ち上げられた難破船に身を寄せ、ぐったりとつかの間の休憩に勤しんでいた。
本来ならば徒歩で数日かかる王都ゼラムから港湾都市ファナンの旅程を、街道を無視した最短距離を選んだとはいえ一晩で踏破したのだ。疲労から泥のように眠ってしまっても不思議は無い。寝返りすらうてない程疲れ果てているという方が正しいだろう。
とはいえ、当然追われる身の上としては見張りを立てる。
男性という事で体力のあるフォルテとリューグがその役目に名乗りを上げ、少し離れた所でネスティとトリスが野宿の仕度をする。同じ男性とはいえ、召喚師であるネスティは体力的に他の2人より劣っていた。女性陣ほど疲れてはいないが、とても夜明かしができる体力は残っていない。
トリスは横ですでに丸くなって寝息を立てているレシィの頭を撫でてから、ネスティの横を離れる。さすがに他人が周囲に居てはネスティの横で眠る事は躊躇われ、他の女性陣が固まっている場所へと移動した。
「眠れないの?」
の視界いっぱいにトリスの顔が広がる。
まわりの女性達に気を使ってか、声は幾分抑えられていた。
「……すみません」
「謝ること無いって。……隣いい?」
「はい」
視界からトリスの顔が消え、右隣に人の気配が増える。
ちなみに、左隣にはアメルの気配――ずっと、リューグの視線からを守るように手が握られていた――が。その隣にはミニスとケイナが並んで眠っていた。
体は恐ろしく疲れているのに、頭が冴えてしまって、今夜は眠れそうにない。
探していたトリスには会えたが、マグナと合流するのは難しそうだった。
アメルを連れて黒の旅団の野営地に戻るわけにはいかないし、彼等がここに居ると知っている自分をネスティ達が放逐できるはずもない。
となれば、マグナが当初の予定通りに黒の旅団から離れてファナンを目指してくれる事を祈るしかなかった。
マグナは優しい。
おそらくは、しばらく大平原近辺に留まってハサハと自分を探してくれるだろう。
護衛獣が一人いなくなったからと言って、新しい護衛獣を呼び出す事も、そのまま捨て置くこともしない。必ず何かあったのだと考えて自分の事を探してくれるはずだとは確信している。
マグナとは、そういう人間だと。
となれば、ファナンにしばらく滞在したいのだが――――――アメルの都合を聞けば、そうも行かない。
どうやら彼等は別の目的地を目指していたのだが、も惑った濃霧にまかれて方向を失い、間違ってファナンまで来てしまったらしい。少し休んで体力が回復できれば、すぐにでも先に目指していた旅程へと戻りたいはずだ。
さて、マグナと合流するためにはどうしたものか。
が途方にくれて深いため息を漏らすと、隣から遠慮がちに声をかけられた。
「……あの、さ」
てっきり他の女性陣と同様に、横になってすぐに寝息を立てているものとばかり思っていたのだが。
トリスもまたと同じく眠れずにいたらしい。
は首を少しだけトリスへと向けた。
「その……マグナって、どんな人?」
一瞬だけ質問の意味がわからずは瞬く。
兄妹なのだから、よりもトリスの方が詳しそうなものだが――――――と考えて、思い違いに気が付く。
幼い頃に生き別れ、ほとんど覚えていないと言うことは、そう言う事だったのだろう。余りに幼い頃に引き離され、おぼろげな印象すらトリスの中から失われているらしい。
「ごしゅ……」
すでに慣れてしまった呼び方が口からもれ、は一度口を閉ざす。
名前で呼び、対等の人間としてマグナと向き合っていくと、決意したばかりだった。
「マグナさんは、わたしを召喚した人です。
明るくて、すごく前向きで、優しくて、お昼寝が大好きで……」
「ん〜、お昼寝が好きってトコだけは、兄妹な気がして来た」
あんまり覚えてないけど、と続けてトリスは笑う。
「あの、ね」
「はい?」
「全然……ぼんやりとしか覚えてないんだけど……。
そんな人がいたような、いないような。
でも、その……」
少しの間視線を彷徨わせた後、トリスは首をへと向ける。
と目が合うと、トリスははにかんだ様に微笑みながら一言、こう告げた。
「探しててくれたって聞いて……
会いに来てくれたって聞いて、嬉しかった」
嬉しかった。
そう言ったトリスのたった一言で、の気分がほんのりと浮上する。
自分がした事ではなかったが、黒の旅団が行った事を知り、責められて辛かった。
マグナとハサハとはぐれてしまい、不安でいっぱいだった。
探していたトリスには会えたが、トリスは兄など知らないと言う。
そんな中で、覚えていないながらもトリスがマグナの存在を喜んでくれたことが、には嬉しい。
ようやく一息つけたような気がした。
じんっと目頭が熱くなるのを感じ、は忙しく瞬きをする。
浮かび上がった涙を誤魔化すように、トリスから視線を逸らして再び空を見上げた。
「もう寝よ。
ちゃんと休憩しなきゃ、明日動けなくなっちゃう」
そうトリスに誘われて、は素直に頷いて目を閉じる。
だんだん明るくなる空に陽光が瞼を差し込むが、トリスの隣でならば今度こそ少しの眠りにつけるはずだ。
――――――そうは確信した。
戻
(2011.08.03)
(2011.08.10UP)