彼女の印象を一言でいえば、『女ではない』。
 これにつきる。

 さっぱりとした気性は嫌味がなく、大らかだ。
 が、裏を返せば飾り気がなく、裏表もない代わりに色気もない。
 誰に対しても平等で、身分や外見で他人を判断することもなかった。
 だからこ老若男女問わず彼女に惹かれるのだろう。

 好印象――――――友人・知人としてならば、自分も彼女に対してそう思う。
 これが恋人であったなら不満にも感じただろうが。
 
 
 
 
 
 
「――――――あ」

 小さく洩れ聞こえた声に、イグラシオは顔を上げる。
 遣いを頼まれたばかりの娘は書簡を胸に抱き、小窓から外を見つめていた。

「? ……あれは」

 娘の視線を追って外へと視線を向ければ、先日徴兵されたばかりの若者達の中に、頭一つ抜き出た黒髪が見えた。
 
「たしか、ラムダと言ったか」

 君主から詳しい経緯は聞いていないが、人でありながら人間の兵を嫌い、死者を兵として使役している名ばかりの聖騎士。
 王がそれでも構わないと重用したため何も言えないが、死者の安らかな眠りを妨げるあの男の評判は兵士達にはすこぶる悪い。
 イグラシオとて、過去を問わないとした君主の命がなければ肩を並べて戦場に立ちたい相手ではない。
 他人の出自についてどうこう言う趣味はもっていないが、あの男は怪しすぎる。
 死者を使役するだけではなく、自分から他人との接触の一切を絶ち、共に戦場に立つ仲間であるはの者たちとの親睦を深めようともしない。
 これでは、イグラシオでなくともラムダへの警戒心は拭い去れないだろう。

 ――――――もっとも、それは戦場に立つ男の側だけの考えらしかったが。

 騎士としての自分達からは煙たがれる男も、城で働く女達にはすこぶる評判が良い。
 主に、整いすぎた顔が。
 遠巻きに顔だけを眺める分には死者を手足のように扱っていようが、平時は一日中私室に閉じこもっていようが気にならないらしい。
 下働きの女達が何度邪険に追い払われようとも、代わるがわる御用聞きに行っているという噂は、イグラシオの耳にも届いていた。

「……なんだ、おまえもああいう顔が好みなのか?」

 窓の外、一点だけを見つめて微動だにしない娘に、イグラシオは呆れてそう呟く。
 呆れを多分に含んだイグラシオの言葉に、娘は一瞬だけ視線をこちらに向けたが、すぐに窓の外へと視線を戻した。
 ――――――ほんのりと、頬を赤く染めて。

 それが答えだった。

「男っ気がないと心配していたが、やっとおまえもその気に……」

「素敵な人に憧れるぐらい、いいじゃないですか」

 ムッとかすかに眉を寄せ、唇を尖らせる。
 その間も、娘の視線は窓の外の男から逸らされることはない。
 
 
 その表情に、気が付いた。
 
 
 彼女は決して、誰に対しても平等なのではない。
 これまでの彼女に、『特別』な存在がいなかっただけだ。

 飾り気がなく、裏表もない代わりに色気もない。
 そう思っていたのも違う。
 飾って見せる必要も、男女の駆け引きを必要とする相手もいなかっただけだ。
 決して彼女が『女ではなかった』わけではない。
 
 
 そして、最後にもう一つ気が付いた。
 





 恋人として遊ぶには不十分であるが、妻として家庭を守らせるには十二分な『女』を、みすみす逃してしまったと。