長い永い口付けの後。
イグラシオはの黒い瞳を捉えて口を開く。
「いいか。私から手を放してやるのはこれ1回っきりだ。
おまえの人生だ、すべておまえが決めろ。
おまえが私を選んでここに戻ってきたのなら、二度と手放してはやらんから、覚悟しておけ」
青い炎を宿した瞳に迷いはない。
言葉通り、が『ここ』を選ぶなら、彼の横で一生過ごせるのだろう。
逆に、が『元の場所』を選んだとしても、彼はその選択を責めるつもりも否定するつもりもないのだ。
全てを、の望むままに。
「……イグラシオさんのソレがプロポーズだってわかる子、そうそういませんよ」
くすっと笑い声を洩らし、は頬を緩める。
潔すぎて脅迫にも聞こえる『プロポーズ』であったが、にとっては最上の言葉だった。
――――――本当は、ほんの少しでも引き止めて欲しかったのだが。
愛する男に引きとめられたなら、一度きりの機会を逃した『フリ』をして『ここ』に残ることを自分は選択しただろう。
けれど、彼はそうしなかった。
おそらくはの思惑など知っていたであろうに。
愛で縛りつけて自分の元へ置くことよりも、を愛する家族の元へ返すことを選んだ。
元々出会うはずのなかった2人が、元の正常な状態に戻るだけだ。
ほんの少しの――否、かなりの――喪失感は埋められないが。
厳しくも優しい男を愛したのは、自身なのだから。
明日の朝、男は騎士として師団を率いて城をでる。
はそれについてはいかない。
ここまで彼を追って従軍してきたが、これからは違う。
彼の居ない世界へと『帰る』のだ。
離れた唇が物悲しく、もう一度、と口付けをねだりたくなる。
が、は唇を引き締めてイグラシオを見上げた。
心から愛した男の面影を、目に焼き付けるために。