時の動かぬ街に立ち、少女は所在なく手紙と男を見比べていた。
汚い字で『忘れ物』とだけ簡潔に書かれた息子からの手紙に、クラトスは眉を寄せる。
『忘れ物』とメモ(と言った方が正しいだろう)にあるが、肝心の品物がない。
メモ書きと共に『届けられたもの』と言えば――――――
「えっと……呆れてる?」
クラトスの視線を受け、は小さく首を傾げた。
「呆れてはいないが、さすがに驚いたな。
まさか、おまえに今一度あえるとは思ってもいなかった」
軽いため息まじりの言葉に、は視線を落す。
やはり、クラトスは呆れているのだ。
当然だろう。
エターナルソードの支配を逃れた今、デリス・カーラーンは宇宙を彷徨う彗星にもどった。
普通の方法では訪れることはできない。
もう二度とあう事はできないのだろう、とロイドと一緒にクラトスを見送ったのは、そんなに遠い日ではなかった。――――――にもかかわらず、今はクラトスとこうして対面している。
「それで、わざわざオリジンを呼び出して、『忘れ物』とは何を届けにきたのだ?」
「忘れ物?」
「なんだ、お前はこの手紙の中味を知らなかったのか」
「知らないよ。
ってか、普通他人の手紙は見ちゃいけないし」
おうむ返しに繰り返すに、クラトスは呆れながらも口元を緩めた。
自分の意思であの青き星に残してきたとはいえ、やはりと再び会えたのは嬉しい。
凍り付いた心に、息子と共に『愛おしい』と感じる心を思い出させてくれた少女。
こんなささやかな願いのために働かされるオリジンには、少しだけ悪い気もしたが。
読んでみろ、と差し出された『手紙』を受け取り、は白い紙に綴られた汚い字に目を走らせた。
「……なにこれ。
これって、『手紙』って言えるの?」
別に急いで書いたわけではないはずだが、好意的に言えば癖のある――――――悪く言えば汚い字で。
たった一言だけ『忘れ物』と綴られた手紙。
「っていうか、これじゃメモでしょ」
などと、は先程クラトスが抱いた感想を口にする。
それから首を傾げて、クラトスを見上げた。
「忘れ物なんて、あたし預かってないよ」
『クラトスに手紙を書くから、届けてきてくれ』とロイドに頼まれたのは今朝の事。
デリス・カーラーンと地球がどれほど離れているかはわからないが、時と空間を支配する精霊オリジンの力を借りればどんな距離でも関係ない。
空にまたたく星しか見えないウィルガイアの街では朝も夜もわからないが、イセリアではまだ正午にもなっていないだろう。
手紙を書くと言い出したロイドは、すぐに行動を起こしたのだから。
「ロイドったら、肝心の品物をあたしに預けるの忘れたのね」
「ドジだなぁ……」とが苦笑をうかべると、クラトスが小さく息をはく。
ロイドやが失敗した時に見せる、見なれたクラトスの仕草。
その仕草に、は何か自分が間違えたのか? と眉を寄せてクラトスを見上げた。
「……わからないのか?」
「わからないよ?」
きょとんっと瞬く少女に、クラトスは呆れながらから手紙を受け取る。
「では、考えてみるといい。
ここでは時間が掃いてすてるほどあるからな」
「そんなに長居できるはず――――――って
言葉を区切り、は気がついた。
「あたし、どうやって帰るの?」
さっと青ざめるに、クラトスは「ようやく気がついたのか」と微苦笑。
旅の間中コレットの想いに気づきもせず、自分の息子は随分鈍いのだなと心配もしたが……ロイドもなかなか気の利いたことをする。
おそらくは……目の前で青ざめている少女こそがクラトスの『忘れ物』。
執着を持ちつつも手放した、愛しい女性。
「そうだな、オリジンが喚べなければ……おまえは帰ることができないな。
ロイドのことだ、おまえを私のところに送ったことなど忘れて……今頃は旅の準備でもしているのではないか?」
「コレットとエクスフィアを回収する旅に出る約束をしていたようだからな」ととどめを刺され、はゆっくりとクラトスの言わんとしていることを理解した。
つまり、
「来てしまった以上、しかたがない。
帰る方法がないのならば、側にいても良い」――――――と。
「……あたしの忘れ物、誰が届けてくれるのかな」
ぽつりと呟かれた言葉に、クラトスは短く相づちをうつ。
「さあな」
「気のない返事」
「惜しむものでもあるのか?」
唇を尖らせたに、クラトスは仕方なく答えてやる。
が惜しみそうなものなら、あの星にはたくさんあった。
は眉を寄せて少し考える。
惜しむものは、たくさんあった。
ロイドやコレット、かけがえのない仲間たち。
けれど、その星には一つだけ足りないモノが有る。
「惜しいものはいっぱいある。
けど、一番はここにあるから……それでいい」
遠慮がちにがクラトスのマントを掴むと、その手を大きな手が包み込んだ。
「ロイドがせっかく届けてくれた『忘れ物』だ。
もう二度と手放す気はないぞ。
――――――覚悟しておけ」
掴んだ手の甲に唇を落し、クラトスはゆっくりと微笑んだ。
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