「ねえ、バルレル。
もういいから、他の人に頼むから……無理しないで」
に心配げに見つめられ、バルレルは不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「うるせーな。
これぐらい、たいしたこと……」
「あっ!?」
りきんだ拍子にバルレルの手から瓶がすべり落ちる。
咄嗟には瓶を追って手を伸ばし……見事に受けとめた。
ただし、一瞬遅れて瓶を拾おうと手を伸ばしたバルレルと額をぶつけることになったが。
召喚主であるマグナ同様、普段のんびりとしている印象を周りに与えるこの少女は、以外としっかり者である。
何事にも慎重で、行動するよりもまず考えるタイプなのだが……なかなかどうして。咄嗟の動きはバルレルよりも早い。
ガラスでできた瓶が床に落ちるまでに、今も幾ばくかの余裕があった。
ぶつけた額を撫でながら、は受けとめた瓶を胸の前に抱き、ホッと息を吐く。
その仕草を見て、こちらはぶつけた額を撫でることなくバルレルは眉を寄せる。
「貸せ」
「大丈夫ですよ。
他の人に頼むから」
「……貸せ」
としては1度挑んでダメだったのだから、今度はバルレルよりも力のある人物に頼みたい。幸いなことに、が厄介になっている屋敷にはバルレルよりも力のある大人の男性が何人もいた。
下手にりきんで、また瓶を落とされるよりは……と、別の人に頼もうと提案しているのだが、口は悪くとも、バルレルにも責任感が――――――意地がある。
1度引きうけた手前、それも彼の召喚主であるに頼まれた手前……退くに退けない男の意地とも言えた。
「ダメです。
落として割ったら、折角アメルさんが作ったジャムがダメになっちゃいます」
ひらりと瓶を奪おうとするバルレルの手をかわし、は瓶を自分の頭の上に掲げた。
バルレル本来の姿であればの行為は無意味な抵抗であったが、生憎、現在バルレルは子供の姿に力を封じられている。
残念ながら、子供と年頃の娘であれば、の身長に軍配があがった。
むっと眉を吊り上げるバルレルから目を反らさずには瓶を掲げる。
奇妙な睨み合い。
意地でも瓶を奪い取ろうと、バルレルは背中の翼を広げた。
いかに身長差があろうとも、空を飛んでしまえば問題ない。
ひらりと翼を羽ばたかせ、の頭より上にある瓶にバルレルが手を伸ばすと、瓶を奪われまいとのささやかな抵抗があった。
ひょいっとジャンプし、バルレルの腕をかわす。――――――まではよかった。
最初の一撃を避け、安心したはぐらりとバランスを崩した。
「へ? あ……」
傾く体に受身を取ることよりも、は瓶を守ろうと胸に抱きこむ。
次に衝撃に備えて堅く目を閉じるが、が床に叩きつけられることはなかった。
変わりに感じるのは、肩に回された大きな手。
「……2人とも、何してるんだ?」
聞き覚えのある声にが目を開くと、眼前にマグナの顔があった。
不思議そうに首を傾げているさまは子犬を連想させ微笑ましいのだが、の肩に回されている手は大きい。
を受けとめながら自然と抱きこまれたマグナの胸は、結構広くもある。
大人の男性として成長過程にあるマグナの体は、子供の姿をしているバルレルとは比べるまでもなかった。
「えーっと……」
予期せず近くにあるマグナの顔に、は落ちつきをなくす。
自分の胸に抱いた瓶とマグナの顔を見比べ、視線をさまよわせる。
その視線に、マグナは大体の事情を察してくれた。
「この瓶、開けるのに結構コツがいるんだよ」
が体制を立て直すのを待ち、マグナがから瓶を受け取る。
マグナが軽く瓶の蓋をひねると―――――
「ホラ、開いた」
バルレルとと苦しめた瓶はいともたやすく開かれた。
憎らしいほどに、ポンっと軽い音を立てて。
「あ、ありがとうございます」
さすがは男の子、とほんのりと頬を染めてマグナに微笑むに、バルレルは小さく舌打ちした。
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